絲絲雑記帳

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0/「建設篇」






 

6月22日(木) 繭が来た2017

 毎年、梅雨とともに到来する白き賜物。春繭。
 今年も本日22日、八王子・長田養蚕の肩に乗ってやってきた。
 いつもかなり奇妙な風体で現れる長田誠一氏であるが、なんか今日はかなり普通。
 とは言え、繭袋をサンタのように背負い、片手には二歳になる三男坊を抱きかかえての登場であった。(上写真・よく見ると幼児は長田氏のほっぺを把手にしている)
 長田養蚕と言えば、当スタジオも、もう15年前から毎年繭をわけてもらっている、八王子の養蚕農家だ。

 おしりもスタジオスタッフの久保桜(中写真・左から二番目)が自宅で育てている蚕を持参。
 桑の与え方や、繭の作らせ方など、プロの助言を仰ぐのであった。(中写真・誠一氏の隣は妻・晶さん。そして三男の昊弥クン)
 久保家では十年ほど前から毎年数百頭の蚕を飼い、できた繭はMakiのスタジオで生糸に挽かれ、ストールなどの素材となっている。

 長田養蚕で育てている蚕の品種は、いつもと同じ春嶺鐘月(しゅんれいしょうげつ)。これは鐘紡(カネボウ)が開発に関わったため、その名があるという。まあしかし、虫ではあっても絹を吐くとなると、こういう高尚優雅な名前がもらえるわけだ。
 今年の出来はやや大振りで、これは空間的に余裕を持たせて育てたせいかと誠一氏は言う。ただ、四月以降雨が少なく、桑の世話は大変だったようだ。またここ3〜4年は五月の気温が高く、春蚕の飼育は難しくなってきているとのこと。とはいえ、春の方が桑の葉も柔らかく、繭の質も秋より上だという。(蚕は通常、二化性と言って、年に二度孵化する)
 長田家には45アール(約千四百坪)の桑畑があり、三種類ほどの桑を育てているという。かつて八王子は「桑都」と呼ばれるほど養蚕の盛んな土地であったが、今年の春には、養蚕農家の数が長田家を含めついに二軒にまで減ってしまったそうだ。(ここ竹林スタジオの母屋も、かつて民家であった頃には二階で養蚕が営まれていた)

 長田氏持参の春繭11kgをざるに小分けし、皆でケバを取る。(下写真)
 十日ほど前に出来上がった繭だ。
 これら繭は、冷凍あるいは塩蔵保存され、来週末に迫った夏のコットン展終了後から順次、糸に挽かれることになる。
 なお、繭を使った工作に関心ある人は、長田養蚕が8月16日に道の駅「八王子滝山」で繭クラフト体験会を開催するようなので、でかけてごらんになるのもよかろう。


 

6月7日(水) エキゾチックな4G織師

 昨夕から夜半にかけて、二度ほど降雨がある。強風を伴って、ほとんど嵐であった。
 猛暑に続いて嵐。ここ北インドの気候は苛烈である。
 ま、そのお陰で今日はぐっと涼しく、快適なのだが。

 さて、工房が新しくなって機場(はたば)にも新しい顔ぶれが加わっている。
 そのひとりが、上写真左側のサラウディン。一年ほど前に加入した織師である。難しい名前ゆえ、当初は「皿うどん」と覚えたものだ。
 一見イカツい顔つきなのだが、ソフトな人柄で、いたって真面目。朝早くから機音(はたおと)がするなと思うと、たいていこの人だ。きっと織ることが好きなのであろう。そして仕事も早い。
 今日は主婦スタッフのマドゥを相手に、新しいタテ糸をかけている。一本一本、綜絖(そうこう)の細かい目に糸を通す作業なので、間違えないように二人とも真剣な表情だ。通している糸は、麻とウール。初めてのウール入り「コティスカート」になる生地だ。

 下写真は、私も今回初めてお目にかかる織師・メーブーブ。これも難しい名だが、残念ながら適当な覚え方が浮かばない。
 織師ばかりか、機も新しい。今、組み立てている最中だ。近所の大工チャンドラモハンの手になる当工房7台目の木製機。沙羅とチークの材でできている。長い白髭の織師メーブーブはそこに綜絖などの部材を取り付けている。
 このメーブーブ、新入りではあるが、年齢も経験も一番かもしれない。
 聞くところによると、仕事の速さはサラウディン以上。またの名を「4G織師」という。
 サラウディンともども、かなりエキゾチックな風体だ。従兄弟同士だというが、パキスタンかペルシアのような雰囲気。同じヒンディー語をしゃべるインド人だけども、ウチのラケッシュ君やなんかとはだいぶ趣が違うでしょう。やはりこの国は広くて多様だ。
 このメーブーブ用にも、今日タテ糸がひとつできあがった。ウールと麻のツートンで、冬のパンツになる生地だ。
 さて、このエキゾチックな4G織師の手になる布から、どんな衣ができるのだろうか。


 

6月5日(月) この時節にパシミナ&ヤク

 今日も40℃超えのganga工房。
 しかしながら、いかに暑くても、冬物を考えねばならない時もある。
 たとえば、パシミナやヤク。それぞれ、チベット山羊およびチベット牛の内毛で、真冬に最強の素材だ。

 その原毛(フリース)を先日、北京経由で入手した。もともとパシミナ原毛はインド・ラダックから入手していたが、それが困難になってきた。そこで、中国・内モンゴル産のものに切り替える。高品質の原毛が比較的容易に手に入るのだ。
 そして今年は新たにチベット(青海省)のヤク原毛も初入手する。
 じつはこれらは現在展示会開催中の北京ギャラリー「失物招領」の手助けによるものだ。さもなかったら我々のような零細工房が少量入手することはまず不可能であろう。貴重な素材なのである。

 上写真で真木千秋と本田絵理の手にしている暗褐色の物体がヤク原毛。その手前の白やグレーがパシミナだ。
 ヤクはパシミナに比べ、ほんの少々野性味のある感じだが、それでも一般的な羊毛に比べると断然柔らかい。その少々の野性味もまたひとつの魅力である。そして何といってもその色。

 さっそく、ウール紡ぎ主任のバギラティと紡ぎ方の研究をする。
 下写真、左側の二玉がヤク原毛を紡いだもの。
 そして今紡いでいるのは、白いパシミナ原毛。
 原毛にエリ蚕やタッサーシルクを混ぜて紡ぐと、また違った風合いが楽しめる。
 うまく進めば、ショールなどになって、今秋お目見え予定。


 

6月4日(日) 盛夏の針場

 酷暑の北インド。
 今日は気温40℃を超え、今年4番目の高温だ。
 夜になってもあまり気温は下がらず、我が寝室の今朝の最低気温は30℃。エアコンもないから扇風機を回して寝ている。(停電しないことを願う)。真木千秋などバスルームで寝ているくらいだ。

 インド人にとっても暑いはずだが、それほど大騒ぎもしない。
 工房にもエアコンはなく、扇風機とクーラー(気化熱利用)のみだが、ジーンズで出勤する人もいるくらいだ。
 日本の盛夏と違うのは、蝉が鳴かないこと。それから蚊も少ない。きっと暑すぎて出てこないのだろう。

 新工房には針場(はりば)も設けられている。
 機場(はたば)に対して針場。Makiの新造語で、縫製工房のこと。
 今日は日曜だが、針場11人のメンバー全員が出勤している。
 というのも、数日前から田村朋子さんが来ているからだ。
 朋子さんは縫製の専門家で、五年ほど前から関わってもらっている。前職ではインド勤務の経験もあり、この国の風土や人々に慣れている。
 五年前は二人だったテーラーも今は七人。みな、自然光とLED電灯の下、JUKIミシンに向かっている。(上写真の手前と奥にある白い物体がクーラー。扇風機は天井に据え付けられている)
 テーラーにもそれぞれ個性があるので、それに合わせて指導を与え、仕事の割り振りをする。
 また、Makiの手織地もそれに劣らず個性的なので、ご苦労も多いことであろう。
 暑さに負けず、ぐゎんばってほしいものだ。(コレを体験したら日本の夏も怖くない!?)



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6月3日(土) ムラの村

 当スタジオの備品としても欠かせないムラ。
 葦の椅子である。軽くてハンディ、床を傷めず、柔らかで座り心地が良い。
 インドでも日本でも、工房のあちこちで、腰掛けとして、そして物置台(!?)として用いられている。(写真右)

 そのムラを作っている村に、一昨日、カディ産地の帰りがけに寄ってみた。
 場所はganga工房からガンジス川を南下して、車で3時間半ほどのところだ。
 Google mapにも出ていないようなディープなインド農村で、相手方に何度も電話して道案内をしてもらう。(インドも携帯電話網がいちおう張り巡らされている)
 とある小さな村の市場で、バイクに乗った青年に迎えられ、その先導で集落に入る。ものすごく狭い道で、まず車の入込みもあるまい。自動車で来たというだけで、村中のものすごい注目を浴びる。(日本で言うと昭和初期くらいの感覚か!?)

 青年の名はサテンドラ。当スタジオのムラは彼に製作を頼んでいる。
 この村の主産業はムラの製作のようで、どの家にも完成品や製作途中のムラが佇んでいる。

 サテンドラにムラの素材を見せてもらう。
 葦製であるが、二種類の葦を使うようだ。大葦と小葦。

 写真1が大葦。ヒンディー語でSantaと呼ぶ。脇に立つサテンドラと比較すれば、そのサイズがわかるだろう。この大葦は数十km離れた森に産出するのだそうだ。この大葦の茎がムラを支える側面の素材となる。

 写真2が小葦。ヒンディー語ではSarkanda。これは数km離れたガンジス河畔に自生し、村人たちが自分で苅ってくるという。
 この小葦は、まず木槌(きづち)で叩いて柔らかくする。そして、縄を綯(な)って、座面や縛着に使う。写真3は小葦で縄を綯っているところ。

 サテンドラがムラづくりを実演してくれた。(写真4)
 大葦と縄で側面を作った後、上下の縁に小葦の束を取り付ける。この束ねた小葦は木槌で叩いておらず、弾性を保持している。
 サテンドラは17の歳から15年間、ムラを作り続けているそうだ。

 写真5はサテンドラ家の屋上。ガンジス河畔から採ってきた小葦を乾かしている。
 サテンドラ家のみではない。隣の家も、そしてまた隣も、屋根の上では小葦が乾かされている。

 右下写真はムラの村人たちと。
 背のついた大型のムラに座っているのは、左からサテンドラ、本田絵理、そして私ぱるば。
 おそらく初の外国人来訪者だったのであろう、瞬く間に人々に取り囲まれる。ボリウッドのムービースター状態。
 それにしても子供の数が多い。ムラと一緒に輸入したいくらいだ。
 昨日ご紹介した織師アフマドはイスラム教徒だったが、こちらの村はヒンドゥー教徒。いろんな人々のお世話になっているMaki Textileである。

 さて今回、彼とその家族の手になるムラが、7月1日から竹林shop開催の「カディ展」で販売される予定だ。その数80個!
 今までも竹林で販売したことがあったが瞬時に無くなってしまったので、今回はチト多めに — 。そして購入個数制限も無し!(にしようか検討中)。詳細はまた当HPにて。



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6月2日(金) カディの織師アフマド

 昨6月1日、朝から車に乗って隣のウッタルプラデシュ州に出かける。
 同州にはまだ伝統的な木綿カディの産業が残っていて、当スタジオもデリー時代から付き合いがあった。
 カディとは手紡ぎ手織りの織物だ。春から秋の木綿地として私たちも重宝しており、毎年初夏には竹林shopで「カディ展」も催している。

 現在は同州北部のアムロハ地区の織師二人に織ってもらっている。
 アムロハまではスタジオから車で四時間ほどだ。
 同州はインドでも比較的開発度が低く、ためにのんびりとした田園風景は美しいのだが、道路の整備状況は悪い。(すなわちデコボコ)。ゆえに、長時間のドライブはかなり難行である。逆に言うと、そういうところだからこそ手織が残っていると言えるだろう。

 写真1が、アフマド家の入口。煉瓦舗装の小路に面した、煉瓦造りの家だ。門口に立つ白シャツの人物がアフマド。ブラウンのルンギでキメている。その隣の赤&青の人物は織元のサジッド。彼とは25年来の付き合いで、彼を通じてアフマッドに織ってもらっている。

 中に招じ入れられると、中庭に面した一画が機織りの部屋になっている。こちらもしっかりした煉瓦造りだ。
 手機(てばた)が一台納められ、そこでアフマドが機織りに励む。(写真2)
 別口の注文なのであろう、薄ピンクのタテ糸がかかり、飛び杼で織成していた。
 綿花は同州中部のBarabanki産で、それをアンバー(機械式)チャルカで紡いでいるという。

 暑いからと清涼飲料(Sprite!)を振る舞われた後、既に織り上がった15反ほどのカディ生地を受け取る。ベージュと淡ベージュと淡黄緑だ。(写真3)
 織元サジッドによると、当スタジオからの注文品は、このアフマドとジャヒドという二人の織師に任せているという。当地区でも一番の腕前なのだそうだ。そう言われれば、このアフマドも几帳面そうで、物腰も柔らかだ。
 15の歳から織を始めて、この道一筋で35年。同じく機を織る妻ハリマとともに2男2女を育て上げる。ただ子供たちは誰も跡を継がないようだ。

 写真4はアフマド家からの帰り道。気温は35℃を優に超えている。まわりはサトウキビの畑かマンゴーの果樹園。ところどころ野生の大麻草が繁茂している。行き交う車もほとんどない。そもそも自家用車というものがあまり存在していないのだ。

 さて、持ち帰ったカディの布。せっかくの織りたてホヤホヤなので、一月後の竹林カディ展に出品しようと算段する。
 帰りのスーツケースに反物を忍ばせようか、あるいは淡黄緑は珍しいから縫製して衣にしようか。タンクトップとかチュニックとか。折しもパタンナーの田村朋子さんが昨日からganga工房に来ているし…。
 カディ展は7月1日〜7日。請うご期待!
 
 右写真はチャルカ(糸車)でヨコ糸を巻く織師アフマド。
 おそらくは孫であろう幼児がヨチヨチやってきて糸に触れようとするので、ニッコリたしなめる。


 

5月31日(水) インドで桑を植える

 昨日、真木千秋、本田絵理、そして私ぱるばの三名、中国経由でヒマラヤ山麓のganga工房に到着。
 こっちは夏の真っ盛りのはずなんだが、昨日今日と降雨があってかなり涼しい。今朝など19℃まで下がって肌寒いほどであった。一昨日までの北京は30℃を余裕で超えていて、どっちがインド!?という感じ。

 それで私ぱるばは勇躍、肉体労働に赴くのであった。
 そもそも東京五日市の自宅やスタジオでは日常、野良仕事に勤しんでいる。用務員だしね。田舎育ちゆえ、ひととおりのことはできるのだ。
 ところがインドの当工房では、「外国人の旦那」ということで、自分の荷物すら持たせてもらえない。それではいささかバランスを欠くし、身体に悪い。そこで今回は真木千秋の要請もあり、日本からわざわざ作業着とブーツと軍手を持参したのであった。

 今日の作業は、桑の定植。
 挿し木で芽が出た桑を、工房の空き地に植えるのだ。
 石の多い荒れ地なので、ツルハシを使わないと穴が掘れない。(上写真。背景は工房とソーラーパネル)
 半日かかって60本弱の桑を植える。

 それで思い出したのは愚父のこと。信州上田の我が実家にも、かつて桑畑があった。子供のころ遊んだ覚えがある。しかし養蚕をやめ、それを普通の畑に戻すということで、まだ若かった父がせっせ桑樹を掘り出したのだ。それもひとつや二つではない。何十本もあって、相当の重労働だ。きっと会社の休みに集中してやったのだろう。強壮な人ではあるが、さすがにやり過ぎて、熱を出して寝込んでしまった…と祖母が語っていた。桑根はかなりの量感があって、乾燥させると良い焚き物になった。
 その数十年後に息子の私がインドで桑を植えるのだから、これは何かの因縁か。

 ともあれ、はやり野良仕事は爽快だ。桑樹も無事に育ってくれると良いが。


 

5月29日(月) 真木千秋的織物王國

 現在、真木千秋含め4名のスタッフが北京滞在中。
 昨日(5/28)より、当地のギャラリー「失物招領」で弊スタジオの展示会が催されているのだ。そのタイトルも「真木千秋的織物王國」とのことでやや仰々しいが、おそらくは「真木千秋の織物世界」というほどの意味であろう。

 こちら北京も五月としては異常高温であるらしく、昨日も35℃くらいまで気温が上昇する。先々週はもっと暑かったそうだ。インドのganga工房とあまり変わらないではないか。

 そんな中、初日の昨日は多くのお客さんで賑わう。ここ中国にも真木千秋的織物を好む人が多々おいでになるようだ。総じて日本より年齢層が若い感じ。
 一昨日の土曜には、市内の書店にあるイベントスペースでお話会が催され、百名を超える人々が参加する。日本の手仕事に対する関心は高いようだ。

 こちら「失物招領」の英語名は Lost and Found、日本語にすると「遺失物取扱所」だ。よく鉄道の駅にある。すなわち、失ったものを取り戻すという意味。真木千秋的織物も当地では失物の一環なのであろう。
 そのほか、三谷龍二の木工作品、安藤雅信の陶器、井藤昌志のオーバルボックスなど、主に日本人作家の作品が常設展示されている。

 中国伝統の四合院を模した建物で、奥に小さな中庭を配した優雅な建築だ。その中庭も展示スペースとして活かされている。(下写真)
 近所に雍和宮(ようわきゅう)や国子監などのある、東京で言えば上野か湯島のような土地柄だ。見所も多く、食べ物も美味しい。北京見物のついでに寄ってみるのも一興。




 

5月24日(水) 扉を開けたいお店

 「自分らしい生き方を提示するこれからのライフスタイルマガジン」nice things7月号発売!
 このnice thingsという雑誌、私ぱるばは寡聞にして知らなかったのであるが、最近けっこう評判のメディアであるらしい。弊スタジオのスタッフや関係者もよく知っていた。

 その7月号の特集が「扉を開けたいお店」。
 その冒頭に登場するお店が、竹林shopなのだ。
 春の光溢れる弊店が6ページにわたって紹介されている。
 アレを見たら行きたくなるだろうなぁ…
 ただし、ラケッシュのランチは展示会の時しか出していないので、お間違えなく。次回は7月初めの予定。
 布の展示は 、月火を除く毎日。

 そのほか、日本各地の魅力的な店が十数店紹介されている。世の女子たちは本誌を抱えて店めぐりの旅に出かけるのであろうか。
 ミディアム刊 800円
 詳しくはこちら。


 

5月19 日(金) カディ・マンガルギリ・カティア

 なんとなく梅雨の晴間みたいな風情であった今日5月19日。
 竹林母屋の縁側で反物を検分するスタッフ久保さくら。
 これは八王子の生地洗濯工場から戻ってきたカディの反物だ。
 7月1日開始予定の「夏の布&衣展」に向け、インドから続々と反物が届く。
 通常、この時期には毎年「カディ展」と銘打って、主に衣服をご紹介してきた。
 今回は衣服とともに反物も充実している。今日戻って来たカディは隣州ウッタルブラデシュで織られたもの。

 そのほか、今回は南インドの極薄木綿地マンガルギリの衣や反物も例年になくたくさん登場する。昨年8月に大村恭子(&その娘)と産地を訪ね、Maki好みの反物を親しく選んできた。その反物から衣が作られ、また反物ごと届いている。

 また今回は特別、カティア糸で織った生地も出展。
 カティア糸というのはタッサーシルク繭の生皮苧(きびそ)から作った褐色の糸だ。これは今年3月にラケッシュとともにベンガルの産地を訪れ、オーダーをかけたもの。もう織り上がって竹林に届くのだから、最近のインドも流通が改善されてきたものだ。「夏の布」お楽しみに!




 

5月9日(火) コンフォルト発売!

 建築とインテリアの雑誌、コンフォルト156号が発売になった。
 これはみなさんすべからく買うべし! である。
 なんとなれば、gangamaki工房のことが28ページにわたって紹介されているからだ。

 コンフォルトのチーム3人は今年2月下旬、gangamaki工房を訪れ、数日にわたって取材を行う。編集長の多田君枝さん、ライターの武田好史さん、写真家の北田英治さん。その道のベテラン三人衆だ。
 新工房のたたずまいや活動の様子、ビジョイのインタビュー、その文化史的な位置!?に至るまで、美しい写真の数々とともに紹介される。かなりの紙数を割いた大型記事だが、編集長の多田さんによると、それでもまだ気持ち的には足りなかったという。そのあたり、ぜひ実物でご覧になっていただきたい。

 購入は大手書店の建築インテリアコーナー、amazonオンライン書店などで。また竹林shopにても販売。


 

4月27日(木) 香菜

 朝。拙畑で香菜を採るラケッシュ君。
 昨日インドから到着し、さっそく明後日から始まるgangamakiのおくりもの展の準備だ。
 今回のメニューは南インド料理のマサラドーサ。これは私ぱるばの大好物である。インドで外食をする際、多くはコレ。(内側にマサラすなわちジャガイモカレーを包み込んでいるのだが、私はそれ無しでドーサすなわち皮だけ注文する。軽くて良い)
 マサラドーサに限らず、インド料理に欠かせないのが香菜だ。これはコリアンダーとも呼ばれるし、ヒンディー語ではダニヤ。日本語ではカメムシ草だ。「買えば高い」と喜んで収穫するラケッシュ君。使用量が一般家庭とは桁違いなのだ。
 今、拙畑で食べられるのは、この香菜と五日市名産「のらぼう」だけだ。特に香菜は冬を越し、今月に入って猛然と草勢を増して、畑の一画を占拠している。強い草なのだ。特にウチのは市販品よりいっそう香が強い。栄養価や薬効もきっと高いことであろう。
 あまりに繁茂しているので、そろそろ除草しないといけない。
 ラケッシュ君だけでは消費しきれないだろうから、イベント中、竹林に持参し、お客さんに進呈しようかな。欲しい人いるだろうか?


 

3月30日(木) 春のひとつ穴ケープ

 先週あたりから突如、夏になったヒマラヤ山麓。
 本日は今年最高の35℃まで気温が上がる。
 そんな中、三日前の月曜に到着した真木千秋。
 日本は冬みたいな気候らしかったから、その身体的衝撃はかなりなものであったろう。

 ganga新工房はいちおう完成を見たのであるが、細かいところはまだまだ詰められていないのである。
 たとえば、工房の熱さ対策。
 窓の遮光や、屋根の断熱など、まだあまり手を付けていない。
 そんなところに「冬みたいな日本」からやってきたものだから、真木千秋にとって、耐えがたい仕事環境だったようだ。
 ただ、それにもだんだん慣れてきたようで、今日などは、四棟ある工房をあちこち飛び回っている。
 乾季で湿度が三十%台なので、扇風機で十分イケるのである。

 上写真は工房第四棟。
 サワサワと回る扇風機の下に、機(はた)が一台。
 織師マンガルのものだ。
 ちょうどタテ糸を掛け終えたところで、これから織り出しが始まる。
 今年4月29日から始まる竹林ゴールデンウィーク展でご紹介する作だ。
 生成のシルクや麻に、藍染めの糸を挿した、ひとつ穴ケープ。
 真木千秋がマンガルの横について、ヨコ糸の入れ方をチェックする。
 機の手前にチャルカ(糸巻き)があり、そこでヨコ糸にする藍や生成の糸を巻く。

 写真右奥に見える長髪女子はスリスティ(ラケッシュ嫁)。
 テーブルに向かって糸の整理をしている。
 家にばかりいてもつまらないということで、まずは糸の勉強だ。

 下写真がタテ糸。
 クリック拡大すると、特長ある絹の紡ぎ糸と、微妙な濃淡のある藍染めの絹糸が見える。


 

3月26日(日) 寺詣り

 日曜日。
 工房の主要スタッフおよびその家族十数名と連れだって、寺詣りをする。
 もちろんヒンドゥー教の寺。
 ヒンドゥー教も仏教もインド生まれの親戚同士だから、日本人にとってもヒンドゥー寺院参拝はあまり違和感がない。
 行き先は、シヴァ神を祀るニールカント寺。(上写真)

 インド人は概して寺好きだが、特にここウッタラカンド州は「デーヴ・ブーミ(神の地) 」と言われるくらいで、ハリドワールやリシケシなど聖地も多い。寺詣りはインド人にとって、そして外国人観光客にとって、同州のアトラクションになっている。
 今日のニールカント寺院も、ヒマラヤ山中、標高900mのところにある古寺だ。
 工房から車で一時間半ほど。高地だから涼しくて気持ち良い。
 けっこう有名な寺らしく、北インド一円から善男善女を集めている。
 日曜に寺詣りして、商売繁盛家内安全を祈るというのは、ま、健全な娯楽であろう。

 ここニールカントに来たのは、ほかにも理由がある。
 ウチのシェフ、マニッシュ君の前任地なのだ。
 去年の7月まで、寺の参道にある料理店で働いていた。
 そのマニッシュの誘いもあり、真木千秋来ganで忙しくなる前に、スタッフ慰安も兼ねて寺詣りに行こうということになったのだ。

 ここウッタラカンド州は、料理人の産地としても有名だ。ラケッシュ自身もそうだったが、マニッシュの父親も料理人をしている。マニッシュ本人も、まず商都ムンバイで腕を磨き、それから隣州ヒマーチャルで働き、そしてニールカント参道の料理店に移る。どうしてここに移ったのかというと、自家から近いからだそうだ。
 そして昨年夏、弊工房と縁ができて、移籍してきたというわけ。自宅から徒歩数分の距離だから、彼としても便利なことであろう。(ラケッシュがほんとんど拉致同然に連れてきたみたい。インドの雇用関係はけっこうユルいのである。この国では何でもそうだが)

 マニーシュがニールカントを訪れるのは、それ以来初めてだ。寺や参道を歩くとあちこちから声がかかる。
 参拝を終え、朝食を摂ろうと、マニッシュの働いていた料理店に入る。店はそのままだったが、経営が変わっていた。
 下写真は、我々の朝食のため、タンドール竈の前に立ってチャパティを焼くマニッシュ(右端)。ここで働いていた当時は、繁忙時には一日40-45kgもの小麦粉をこねてチャパティを焼いていたそうだ。
 久しぶりに前任店の厨房に立ったマニッシュ君、やはり同店のタンドールの方が使いやすいと言っていた。
 現経営者(左から2番目)は、自分でもタンドールを扱う料理人であるが、タンドール専任がひとり欲しいと言っていた。ま、マニッシュを置いていってもいいが、そうもいくまい。(繁忙期だけレンタルするとか!?)。その隣はマニッシュを拉致したラケッシュ。


3月25日(土) 野鶏

 鶏と書いて「ニワトリ」と読む。
 しかし、このトリが昔からニワにいたわけではない。
 人家にニワができる遥か以前から、野のトリとして生きてきたのだ。
 この「野のトリ」が「ニワのトリ」になったのは、数千年の昔、ここインドのことであったらしい。
 そしてここganga工房には、今も、野のトリとニワのトリが餌をついばんでいる。野のトリは野鶏と呼ばれる。インド語では、ジャングリー・ムルギ(ガ)だ。ジャングルというのはインド語で野原。工房の裏はジャングルなので、野鶏が出没する。飛翔力が強いので、簡単にフェンスを跳び越え、敷地内にも入ってくる。

 gangaには普通のニワトリもいる。下3月3日の記事でもご紹介したとおりだ。そのときの写真は標準レンズで撮ったもの。ニワトリだから簡単に近寄ることができる。
 右写真は野鶏。警戒心が強く、300ミリの望遠レンズでもやっとこのくらいだ。画面真ん中を足早に駆けていく。こうした開けた場所では、余計に警戒して駆け抜けるのだ。

 野鶏は味が濃厚でウマいんだそうだ。
 今日、昼食に、チキンだよと言って、カレーが差し出される。私は野菜や豆カレーを常食としているので、「要らない」と言う。
 すると、ラケッシュいはく、これは野鶏だと。
 なんでも、つい先ほど、私の部屋のすぐ近くで、松五郎が若鶏を捕らえたのだという。松五郎とはウチのチベット犬だ。牧羊種で、けっこうワイルドな習性を残している。
 その野鶏を用務員のモヒットがさばいて調理したのだ。 それならと一口食べてみる。用務員カレーなので、辛くてあまり味わえない。やや硬めだという印象。


 

 

 ラケッシュが「味はどう?」と聞くので、自分で食えよと言うと、「いや、ちょっと、見ちゃったし…」と口ごもる。憐憫の情か、あまり食欲が沸かない様子。
 工房のニワトリに関しては、数が増えすぎると、適当にしめて、カレーにする。これはインドの農村では普通の営みだ。ラケッシュはそうしたカレーは口にするようだ。ニワトリは最初から食物と見なされているのだろう。

 松五郎は澄まし顔で食堂に寝そべっている。仕留めた野鶏も、自分では食べずに、ご主人に持参するのだ。ウチの犬たち(全部で5匹)は、猫まで持参することがあって、困ったものだ。
 孔雀を持参したらどうすると聞くと、隠れて埋めるしかないとのこと。国鳥だから法律で厳重に保護されているのだ。(鶏や七面鳥と同じキジ科の鳥だから美味なんだろうと思うが)。さっきもジャングルの中で高らかに鳴いていた。ウチの犬たちには注意して欲しいものだ。


 

3月22日(水) ムラの旅支度

 日中の気温が30℃を超えるようになった北インド・ganga工房。
 とは言え、カラッとした晴天で、朝夕は20℃くらいまで下がるから、まことに快適だ。(夏の信州みたい!?)
 波羅蜜(ジャックフルーツ)の木陰で梱包作業に勤しむ男二人 — モヒットとディネッシュ。
 葦の椅子「ムラ」を箱詰めしているのだ。行き先は五日市の竹林。
 一ヶ月後のゴールデンウィークに竹林で開催される春のイベントに出品されるのだ。(3/30訂正:やっぱり5月は無理そうなので6月下旬のイベントに登場予定)
 今年はギャラリーgangamakiもオープンしたし、それにちなんで、gangaの香のするイベントにしようと企画。
 このムラは下の2月18日記事にも書いたごとく、新しい畳のような香がするので、趣旨にピッタリ。
 数もたくさん用意したので、請うご期待!


 

3月3日(金) チキンハウス

 工房建設に伴って、鶏小屋も新築される。
 工房スタッフ・アショク君の指揮の許に建てられた、ヒマラヤ山村風の「建物」だ。
 壁は煉瓦と土、屋根はスレートで葺かれている。

 このスレートすなわち粘板岩は、この近辺の山地に産し、民家の屋根によく使われてきた。
 建築家ビジョイも、ホントはこのスレートを工房の屋根に使いたいと考えていた。しかし、法令によって、スレートは産地外に持ち出せない。それもあって、自然石屋根作戦は断念となった。
 このチキンハウスのスレートは、その粘板岩である。どこから持って来たのか? ま、このくらいなら大丈夫なのであろう。

 今、ここに暮らすのはニワトリひとつがい。
 昼間は外で自由行動だ。広い範囲で仲睦まじく餌をあさり、犬たちとも相互不干渉でやっている。
 そして夕方になると、家に戻るのだ。(上写真)
 屋根の上にのっかっているのは、カボチャ。こうやって野外で保存し、種を採る。
 下写真は家の中。卵が5つ6つ見える。そのうちヒヨコになるはずだ。

 そういえば昨日、敷地内の畑で、雌のクジャクが餌をついばんでいた。私が近づくと、羽ばたいて、1.5mほどのフェンスを越え、繁みの中に消えていった。クジャクも飛べるのである。(ウチのチキンは飛べそうにないが)


 

2月28日(火) 巨匠こだわりの一品

 ギャラリーの披露も終わって一週間。工房もすっかり落ち着いてきた。
 建築工事もほぼ終わり、これからが工房の真価を問われる時だ。

 数ある建築物の中で、来訪者が最も感心するのが、工房の第2棟。
 ギャラリーとともに建築家ビジョイが一番こだわって造った建物だ。完成もギャラリーに次いで遅く、操業が始まったのもつい最近だ。

 上写真は中庭に面した部分。
 茅葺きの張り出し屋根があり、その下に地機が据えてある。
 今、元・遊牧民の織師マンガルがヨコ糸の準備をしている。

 内部には大きな作業台。(下写真)
 この天板は厚さ5cmの沙羅材で、ギャラリーのテーブルと同じ丸太から取ったものだ。
 そのほか織機が二台、左奥にはタテ糸を作る整経ドラムが鎮座している。
 真木千秋はほぼ一日中、ここで織物作りに励んでいる。

 ビジョイのこだわりは、写真に見るような、土を使った農家風の造りだ。
 特に中庭側。壁は竹材に土+牛糞を塗り込めている。窓や扉は、ガラスや板ではなく、低木ランタナの茎を並べている。(隙間があるから嵐の時はどうなるか注目)
 床も、漆喰の上に土を塗っている。

 広々しているし、眺めも良いし、今は最高の季節であることもあって、作業環境は極上だ。
 さて、この工房第2棟からどんな織物が生まれ出るか。




2月26日(日) ギャラリーopeningの風景

 21日のオープニングには日本からも三十人ほどのお客さんが駆けつけてくれる。
 こちらは基本的に毎日快晴なのだが、オープニングの前日と当日だけ大気の状態が不安定で、ときどきにわか雨が…。雨男か雨女が紛れ込んでいたのだろう。ま、ホコリ鎮めで良かったのだが。

 左写真は21日の様子。場所は工房の下で、左側にギャラリーがちょっと見える。
 工房下のニッチには小さな出店が三つほど。一番手前が造形作家・増満兼太郎氏のブースだ。イヤリングなど金工品が並んでいる。三谷龍二さんの後ろ姿も…。
 

 
 竹林イベントでもおなじみ「トコロカフェ」のブース。
 夫婦で連れ立って、珈琲豆持参で来てくれた。建築家ビジョイほかインド人参加者にも好評。


   当日のギャラリー内部の様子。
 Maki布があちこち垂れ下がり、三谷氏の木器や増満氏の皮革作品、真木雅子のカゴも並ぶ。
 
 牛の儀式。
 Makiストールで飾られた牛二頭が、工房中庭に招かれ、マリーゴールドの浮かぶ水盤の水を飲む。(ホントは象の予定だったのだが調達できなかったらしい)


   夜の中庭。インド古典の若い歌手カティヤイーニさんによる、カビール詩歌のコンサート。カビールはインド中世の国民的詩人で、自身、織工であった。手前左側に後ろ姿のカティヤイーニさん。

 翌22日の夕方。
 工房から車で20分ほどのガンジス河畔。(左写真)
 毎夕行われる祈りに、Ganga maki工房も炬火を奉納する。右から二番目が当工房奉納の炬火。工房スタッフのほか、日本から来たお客さんも大勢列席する。
 「ganga maki studio」という名前が何度か放送されたが、gangaとはガンジス川、maは母、kiは「の」という意味。それゆえ、ganga maki studioとはヒンディー語で「母なるガンジスのスタジオ」ということになる。周囲のインド民衆の耳にどんな風に響いたか!?
 

2月25日(木) 衣ショーの人々

 2月21日、gallery ganga makiオープニングの真南風&Makiの衣ショー。
 右写真が控え室の工房第2棟だ。スタイリストの石橋クン(右端)が髪を整え、真砂三千代さんと大村恭子が中心になって着付けをしている。

 この第2棟から外に出て、中庭を一周しながら、衣を披露するという趣向だ。
 BGMはヒマラヤの太鼓&鉦のライブ演奏。




   
最初に登場は大村恭子。手にバラの葉舟を持ち、それを中庭の水盤に浮かべる。
腰巻はタッサーシルク生地。ブランケットふくふくを羽織っている。
  二番手は工房スタッフのシーラ。仕上げ担当で、主にストールのフリンジを結んでいる。ソフトフレアの麻パンツに、マルダギッチャのストール。
  仕上げ主任のサンギータ。「短身太目でもモデルできるんだ!」と堂々の登場。グレーのブラウス&kotiベストに蘇芳染めのストールが映える。
   
ラケッシュの新妻スリスティ。いまだ蜜月中。kotiチュニックの上と下に二枚のストールをあしらう(上・二重ビームgicha、下パストラル)
  若い南インド人建築家スリジャヤ。工事初期の一年半、当現場に常駐。長身痩躯容貌美麗。着用のスカートthinギャザーは今回人気であった。
  北京ギャラリー失物招領のオーナー珊珊(シャンシャン)。インド仏道修行の帰りに立ち寄る。麻タビー格子のベッドカバーをゆったりと羽織る。
   

巨匠ビジョイも登場。真南風の上下(スディナとパー)に藍染め絹布をまとう。巨躯ゆえにスディナが短く見える。裸足が格好良い。(ほかの人は草履)

  かわいらしいスープリアだが、Maki布の知識と日英印語を活かして今はギャラリーganga makiの主任だ。藍の真南風上下(パーとジュバン)&空羽ストール。
  建築インターンのエウジェニア(伊)。昨年9月から現場常駐。こちらも長身痩躯美麗。イタリア訛の英語で頑張っている。藍染め真南風ジュバン濃淡二枚を重ねる。
   
元・遊牧民で、今はウール主任の織師マンガル。自ら織ったブランケットふくふくを羽織る。下は真南風のパー(ズボン)藍染め。
  テーラーのヴィカス。通常は工房第3棟(背景左端にちょっと写っている)でJUKIミシンを操っている。グレーの真南風スディナとマルダストール。
  大きな拍手に迎えられ登場のカルティック。温厚な性格でここ2年近く、現場建築家としてビジョイに仕える。紅露染めのパーとグレーのサラリ。
   
アビシェーク。スープリアの許婚(らしい)。客室乗務員を目指して就活中。そのうちJat Airwaysの機内で出会うかも。紅露染めの真南風上下(スディナとパー)。  

ヘアスタイリストの石橋クン。当地で3日間50人の髪をカットしたという。麻タビー格子のサロンスカートを腰に巻き、マリーゴールド染めの絹生地を首に。

  こちらも大拍手の中で登場のラケッシュ。ganga maki工房長だ。グレーの真南風スディナの上に、石垣昭子「上布スディナ細縞」を羽織る。
 
そしてトリはインドのトップモデル、ラクシュミ・メノン。さすがプロのカリスマに目は釘付け。絹手織地(ミュージアムピース)生成を羽織って。  

最後に真砂三千代&真木千秋のデザイナーふたりが手に手を取って登場。ともにスディナ姿だ。真砂さんは藍染め、真木千秋はムガシルク天然色。
背後でビジョイが指笛で囃し立てている。


 

2月22日(水) 真南風&Maki衣ショー

 昨2月21日、gallery ganga maki(ギャラリーガンガマキ)のオープニング。
 今回は内覧会ということで一般向けではなかったのだが、日印を中心に様々な国から百人ほどの参加があっただろうか。
 お伝えしたいことはいろいろあるが、私ぱるばもお客さんの対応に忙しく、なかなか時間が作れない。
 それで、まずは、いちばん華やかだった、真南風(まあぱい)&Maki衣ショーの写真をご紹介しよう。
 衣デザイナー・真砂三千代さんの着付けで、16名のモデルが工房中庭を歩く。
 ひとりを除いてみな素人のモデルなのだが、なかなか格好良い。
 ショーを終え、真新しいギャラリーの前で記念写真。
 個々の写真は、また明日あたり掲載しよう。
 




 

2月20日(月) 樹下の理髪師

 明日の新ギャラリー・オープニングに向けて、連日、大勢の人々が来ganしている。
 今回は「内覧会」ということで日本のギャラリー関係者や作家仲間がメインだが、中には腕に覚えのメンバーも居る。
 そのひとり、イッシーこと石橋クン。ヘアースタイリストだ。
 竹林に通い出して数年。ついにインドまでやって来た。

 インドの田舎では、よく樹下に床屋が店開きしている。
 あののんびりした風情がいかにもこの国らしい。
 イッシーにも是非、ganga工房の樹下で床屋を開き、工房メンバーの髪を整えて欲しいと思っていたのである。
 それが今日実現。
 工房の畑に生えている野生イチジクの樹下に、椅子と鏡を据え、「バーバー・イッシー」が店開き。もちろん洗髪台なんかないから、カットだけ。
 代金も田舎価格で10ルピー。(これに屋根がつくと50とか100に跳ね上がる)。
 仕事の合間を見て、私ぱるばを始め、工房関係者が次々に店を訪れる。今日は半日で15人ほどカットする。はたして樹下の床屋で、自らの職業の原点を垣間見たであろうか!?
 写真は、愛用のmakiストールをたすき掛けにして、布仕上げ責任者サンギータの長い黒髪に手を入れる石橋クン。


 

2月18日(土) ムラの香

 竹林スタジオでもよく使っている椅子、「ムラ」。
 shopのお客さんにも人気で、時々インドから運んできて売り出すと、だいたい初日に無くなってしまう。
 電車で来店した人も手で持ち帰ったりする。きっと帰りの電車の中で座っているのだろう。

 それが今日、たくさん来ganした。
 軽トラで、百脚。
 さっそく大村恭子がいそいそと新ギャラリーに運び込んでいる。 (上写真)
 ここganga工房でも日常的に使用しているが、特に今回のオープニングでは大勢のお客さんを迎えるので必需品なのだ。

 隣州ウッタルプラデシュから届いたものだ。
 ガンジス河の畔に、サルカンダという植物が生えている。巨大なススキみたいなもので、高さは4mにもなるという。
 そのサルカンダの茎を二重に巡らせて胴とし、葉っぱで縄を綯(な)って座面を編んでいる。
 座面から飛び出た「臍の緒」は、携帯あるいは収納用のヒモだ。邪魔だったら座面の下に押し込めば良い。
 隣州ガンジス河畔のとある村で、3〜4百軒の家がムラ製作に携わっているという。一日がんばって一家で二個ほどだそうだ。
 市販のものより底部をしっかり作ってもらっている。
 できたてのムラは、新しい畳のような良い香がする。藺草(いぐさ)と同族なのだ。和室との相性も良好だろう。

 問題は運搬だ。このトラックごと日本に行ってくれたらと思うが、なかなかそうもいくまい。
 ganga布製品の航空荷物に忍ばせて運ぶほかない。
 数がまとまったらまた竹林で販売するので、ときどきHPをチェックのこと!
 


 

2月17日(金) ギャラリー展示とカマドのサモサ

 東京五日市も今日は20℃まで気温が上がったようだ。最低気温がマイナス1℃だから、日較差が21℃。これはチトびっくりだ。
 こちらの今日の最高は24℃。日較差は8℃だから、かなり快適な気候である。

 オープンを四日後に控え、今日からギャラリーの展示作業が始まる。(写真上)
 大村恭子が椅子の上に載って奮闘している。(わりあい高い所が好きらしい)
 大理石の屋根を通して柔らかい光が降り注いでいる。
 しかしチト柔らか過ぎるので、天井からLEDライトを垂らして補助光とする。
 床は油をつかってキレイに磨き上げられている。
 作業は夜まで続けられ、いちおう形になったようだ。

 外ではサモサワラ・ティモケ(サモサ屋・北村朋子)が、サモサづくりの実地演習をしている。
 サモサというのは、言うまでも無くインドの人気スナックだ。ティモケにはよく竹林のイベント時に店開きしてもらう。
 今回はganga工房で店開きのために特別招聘だ。インドのスナックのために日本から招聘というのも妙な話だが、ま、そのくらいの価値があるのだろう。
 今回はクラシックな趣向で、竈(かまど)バージョンだ。サモサのために特別、土で小さな竈を作り、薪を燃やして、油で揚げる。(下写真)
 ガスと違って火力が安定せず、これがなかなか難しい。
 そこでラケッシュ母(写真右端)に火の番をしてもらって、サモサを揚げる。ラケッシュ母は、ヒマラヤ山村、竈のある家で生まれ育ったので、火の扱いは慣れている。21日の本番も、このコンビで調理にあたるようだ。
 揚げたてのサモサを、真木千秋が美味しそうに食べている。


 

2月16日(木) 昼下がりの非常時

 気温が23℃まで上昇した昼下がり、工房関係者が突如、次々と針場に呼ばれる。
 そこに待ち受けるのは、真砂三千代さんと、真木千秋、そして大村恭子。
 呼ばれた人々は、この三人によって、強制的に上下の衣を着せられ、ストールを巻かれるのであった。
 織師、テーラー、お針子、建築家、建築労働者…
 みな一瞬怯(ひる)んだりするのであるが、着せられてみると、まんざらでもない様子。
 Maki衣と真南風(まあぱい)衣で、今日は13体ほど。
 上写真を拡大してもらえれば、見知った顔もちらほら見えるであろう。
 ちなみに真南風とは、「石垣昭子・真砂三千代・真木千秋が一緒になり、自然素材を使って、昔あったような暮らしの中に生きる衣を現代に紹介しようという試み」だ。

 着付けが完了すると、衣ショーのリハーサル。
 ヒマラヤの太鼓と鉦(かね)のリズムに合わせ、工房中庭をしずしずと歩む。
 歩行指導は大村恭子だ。もう何度も弊スタジオの衣ショーを経験しているので慣れたものだ。(下写真左端)

 下写真の手前右がベテラン織師のサジャッド。その左が同じくマンガル。
 それぞれ、自分の織った絹ストール(サジャッド)とウールストール(マンガル)を纏っている。
 二人ともファッションショーのモデルなど初体験であろうが、けっこう渋くハマっていた。(昨日のラクシュミ・メノンに勝るとも劣らない!?)

 ちょうど午後の休憩時間にも重なり、呼ばれなかったその他大勢はチャイカップ片手に楽しそうに眺めていた。自分の関わった布々がこんな風に生きるのか、きっと目を見張ったことであろう。


 

2月15日(水) 衣ショーの密議

 今日は休日。
 州知事選挙の投票日だ。
 国政選挙の時もそうだが、投票日は休みになる。
 さすが「世界最大の民主主義国」である。
 …が、ひとつ疑問なのは、なぜ日曜日じゃなくて、わざわざ平日を休みにして投票日にするのか??
 インド人建築家のカルティック君に聞くと、「それは休みが欲しいから」だそうだ。

 誰もいない針場(縫製工房)でなにやら密議する二人。(上写真)
 衣デザイナーの真砂三千代さん(右)と大村恭子だ。
 ギャラリーオープンを六日後に控え、その準備のため、日本から続々と人々がやってくる。二人も昨日朝、工房に到着。

 2月21日のオープニング当日は、衣ショーも予定している。
 真砂三千代さんの来訪もそのためだ。
 真砂さんとは『真南風(まあぱい)』プロジェクトなどでここ十数年、一緒に仕事している。衣ショーの開催もたびたびだ。
 今回は二十体ほど準備するという。
 一体につき、ストールも含め衣が四点ほども必要となるから、これはなかなかの仕事であろう。

 衣ばかりではない。
 それを身につけるモデルも必要となる。
 そのあたりもぬかりはない。
 たとえば、用意したモデルのひとりが下写真。
 ご存知の方もあろう、ラクシュミ・メノン Lakshmi Menon。
 Vogueなど欧米のファッション雑誌にもよく登場するインドのトップモデルだ。
 この写真は四日ほど前、工房を訪れ、自ら購入の上下を身につけて登場した時のもの。
 六日後、三千代さんのコーディネートでラクシュミがどんな風に現れるか、楽しみなことだ。
 


 

2月13日(月) 元祖レモングラス

 新工房敷地の西の端。
 土手の上にモクモク生えているススキみたいな草。
 これ、レモングラスだ。
 インド原産だという。
 どうりでほとんど野草みたいに繁茂しているわけだ。

 数日前から、シェフのマニッシュ君(写真上の人物)が、暇を見ては収穫作業に勤しんでいる。
 きっと今ごろが適期なのであろう。インドでは数千年前からアユールヴェーダなどで用いられてきたとのこと。

 四日ほど天日で干して、できあがり。(写真下)
 さっそくマニッシュ君がレモングラスティーを淹れてくれたが、驚くほどウマい。爽やかな色と香りで、心身もリフレッシュ。
 ここのところ来客が多くて疲れ気味だったマニッシュ君も、今日はレモングラス効果か、爽やかな表情。

 ま、自家製は何でもウマく感じるものだが、これで工房のドリンクも種類がひとつ増えた。
 めでたしめでたし。
 薬効もいろいろあるようだから、せいぜい親しみたいものだ。
 みなさんもご来ganの折にはぜひどうぞ!


 

2月12日(日) 沙羅のテーブル

 思えば、弊スタジオのギャラリー・テーブルは、それぞれに名建築家の手をわずらわせている。
 Maki青山店のテーブルは、中村好文氏のデザインに依るものだった。
 今は竹林母屋の座敷に鎮座し、日常の営みや展示会に活躍している。たしか栗材だったと思う。興味ある人はこんど来竹の折にご覧を。

 こちらGallery Ganga Makiのテーブルはビジョイ・ジェインのデザインだ。材は現地産の沙羅で、昨年8月、当地の材木屋で出会った大物
 中村氏のテーブルとは対照的に、丸太をスライスしたそのまんまだ。
 中心部の四枚をギャラリーの展示台に使っている。それぞれ、長さが7メートル弱、幅は50〜70cm。
 厚さが5cm以上あるから、「板」という以上の重量感がある。もちろん、一人や二人では持ち運べない。

 昨日までは下の写真に見るごとく、二枚の天板の下にスタンドを置いて高くしていた。(メインのスペース)
 今日はビジョイの指揮の下、スタンドを外し、床近くに置く。(上写真)
 2月21日に予定されているギャラリー・オープニング用のしつらえだ。
 天板はサンドペーパーで磨かれているが、今のところ塗装は施されていない。
 「脚」は建築に使った砂岩の端材だ。

 下写真は奥のサイドスペース。二枚の天板を床近くに並べている。
 奥にビジョイと真木千秋が見える。
 ビジョイはこの後、昼過ぎの便でデラドン空港からムンバイに戻っていった。その足で地球の裏側ボストンに飛び、ハーバードで講義だそうだ。それから再び当地に舞い戻って、ギャラリー・オープニングに臨むという予定らしい。

 そのほか、照明とか、ストールを架ける輪とか、ギャラリーオープンに向け、検討課題が幾つか残っている。それも楽しい詰めの作業であるようだ。


 

2月11日(土) ギャラリー・プレオープン

 昨日の2月10日。
 北インド、ganga工房併設のギャラリーが、プレオープン。
 その名も、gallery ganga maki。

 工房の名称「ガンガ・マキ」の上に「ギャラリー」をくっつけただけの、シンプルな名前だ。
 ギャラリーの「G」とガンガマキの「G」が頭韻を踏んでるみたいで、ちょっと語呂が良いでしょう。(この語順は建築家ビジョイの発案)
 工房建設の掉尾を飾る…、というか、遅々として進捗しなかったギャラリーも、このたびやっと完成の運びとなった。それで今月21日をオープニングと定める。
 ところがその前の昨2月10日。あちこちから来客があり、それでは予行演習ということで、プレオープニングをしたわけだ。

 記念すべき最初のお客は、アメリカから来たマンゴリアン教授夫妻とその生徒たち約三十人。このマンゴリアン教授はじつは建築家ビジョイの恩師である。昨年も建築科の生徒たちを引き連れ建設途中の新工房を訪れている。今年の生徒たちは、地元アメリカのほか、中国や韓国など東洋系も多かった。(日本人はどこで学んでいるのかな?)
 上写真は教授夫妻にギャラリーの構造を説明する真木千秋。マンゴーの木漏れ日がウールのストールを飾っている。

 その後、ビジョイ本人が、欧州人を十名ほど引き具してムンバイから到着する。南仏のニース・プロジェクトに関わる人々だ。ビジョイの設計により尼僧院をホテルに改造しようというもの。弊工房プロジェクトの七倍ほどの規模だというから、どのくらいかかるんだろ??(予算と工期)。
 この尼僧院ホテルには、弊スタジオの布も使われるらしい。(ニースの尼僧院っていうのも韻を踏んでいる)

 下写真はギャラリーの前庭。
 尼僧院プロジェクトの関係者とデザインを検討するビジョイ。(右から四番目)
 陽も傾き、時刻は午後4時45分。外気温20℃。
 日本で言うと、四月下旬くらいの気候だろうか。まことに心地よい。


 

1月22日(日) 加藤けんぴ店

 先日の昼どき、加藤けんぴ店を訪ねる。
 場所は東京国分寺、伝説の珈琲店「ねじまき雲」のお隣である。
 名前のごとく芋けんぴの店であるが、店先には「おにぎり」の旗がへんぽんと翻っている。(上写真)

 じつはこちらの店主・加藤氏には、来月、竹林に登場いただくのである。
 2月24日から東京五日市の竹林shopにて「2月のお楽しみ(sale!)」を開催。その初日から三日間、加藤けんぴ竹林店がランチを供してくれるのだ。
 メニューは、鉄釜で炊いたご飯で結ぶおにぎり、惣菜、そして味噌汁。
 竹林ランチといえばラケッシュのカレー!であるが、時には「和」も良いであろう。(「印」も恋しいという人のために、加藤氏はインド風おにぎりも結んでくれるらしい!?)
 加藤氏のおにぎりは、梅干しや昆布、鮭といったオーソドックスなものから、ツナマヨ、鶏そぼろ、玄米塩にぎりなど多種多様。塩加減もちょうど良く、鉄釜効果か米に甘みが感じられる。味噌汁もホカホカ。

 もともと家具デザインを志していた加藤氏。その関係でトコロカフェに通い始め、それからねじまき雲に出会い、竹林にも何度か足を運んでくれている。その後、芋けんぴやおにぎりの奥深さに目覚め、その道を進むことに。デザインの素養は店作りなどに活かされている。

 竹林店では、おにぎりランチのほか、もちろん芋けんぴも並ぶ。2月の竹林には皆さんぜひ腹を空かして来ていただきたい。 2月24日〜26日。AM11:30〜
 (27日以降は庭師・高橋氏が焚き火で焼き芋をしてくれる予定)


 

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