絲絲雑記帳

studio top
過去帳 18後/18前/17後/17前/16後/16前/15後/15前/14後/14前/13秋/13夏/13春/12秋/12夏/12春/11秋/11夏/11春/10後/10前/ 09後/09前/08後/08前
/07後/07前/06後/06前/05後/05前/04後/04前/03後/03前/02後/02前/99/98/97/96
竹林日誌 10前/09後/09前/08後/08前/07秋/07夏/07春/06秋/06夏/06春/05秋/05夏/05春/04秋/ 04夏/04春/03秋/03夏/03春/02後/02前/0
1/99-00/「建設篇」


 

1月20日(日) インドGangaMaki工房オープンハウス2019

 きたる2月16日(土)&17日(日)、GangaMaki工房のオープンハウス開催!
 工房は仕事場なので通常非公開ですが、内外の見学希望者のため、年に一度、日を決めて一般公開します。昨年二月に続いて二度目の開催。
 インフォメーションとプログラムをざっとご紹介すると…

時間 各日 11:00〜17:00
入場料 500ルピー
ランチ 500ルピー

2月16日
■ワークショップ 家蚕糸取り 12pm〜 参加費1000ルピー 要予約
■ミニ衣ショー(真砂三千代)&布巻き会(沼田みより) 3pm〜

2月17日
■ワークショップ インド夜香木染め 12pm〜 参加費1000ルピー 要予約
■紙芝居(田中ぱるば)&布巻き会(沼田みより) 3pm〜

両日
■機織り体験
■実演 — ビーマル(科の木)繩綯い・ヒマラヤ竹カゴづくり・ヒマラヤウール紡ぎ
その他、工房通常業務の見学可能

参加申し込み、お問い合わせは
par866@itoito.jpまで
 


 

1月16日(水) ハギレの転生

 ハギレ&反物市の6日目。
 毎日いろんな皆さんがお見えになるのだが、今日の午後は白石母娘がご来訪。
 娘のユイちゃんには昨年、猫をかたどった自作のブローチを頂戴したのでよく覚えている。まだ小四なのに上手なものだと感心した。
 しかしそれも道理で、お母さんの恵美子さんは小物の作り手だったのだ。
 囲炉裏の端でトコロの珈琲を飲みながら、作品を見せてもらう。(上写真)

 下写真がその作品。印鑑ケースだ。当スタジオの布を使っている。先年のハギレ市で求めたそう。
 左側がkoti生地(麻×シルク)、右側がウール×シルク。
 私ぱるばはちょうど先日、銀行印を紛失して新調したばかりだったので、この右側のケースを頂くことにする。帰宅してさっそく銀行印を収めたところ、ぴったり。しっかりした作りで、手触りも良い。これできっと預金残高も増えるに違いない!?

 あきる野市内在住の恵美子さんだが、自作品のネットショップを運営されておられる。peana-shopというお店だ。
 ページをスクロールしていくと、弊スタジオハギレを使った作が幾つも出品されている。財布やポーチ、シガレットケースなど。
 Maki布をよく活かし、シックな仕上がりだ。

 こうして弊スタジオのハギレが有効活用されるのは嬉しい限りである。恵美子さんのお客さんたちにも好評だそうだ。
 ハギレ市、明日まで!


 

1月3日(木) 富岡製糸場

 上州名物からっ風の中、群馬県・富岡製糸場を見学する。
 2014年に世界遺産になったことで一躍注目を浴びたところだ。同年末には主要三棟が国宝に指定される。
 明治5年(1870年)にフランスの技術援助によって設立された、生糸を取る官営の工場だ。
 左上写真は国宝に指定された建造物のひとつ、東置繭所。その名の通り、東にある繭の貯蔵庫だ。当時は年に一度、春にしか繭が取れず、それゆえ多量の繭を貯蔵する必要があったので長大な建物となる。
 木骨煉瓦づくりという珍しい工法。太い木材で骨組みを作り、煉瓦で壁を作る。当時日本には煉瓦がなく、埼玉の深谷から瓦職人を呼んで焼かせたという。

 煉瓦の積み方は「フランス積み」と言って、煉瓦の長辺と短辺を交互に積む。コンクリートも日本にはなかったので、繋ぎには漆喰が使われた。
 このあたり、ちょっとGangaMaki工房を思い出す。インドの弊工房の煉瓦積みも「小端フランス積み」という工法だ。普通の「フランス積み」とは少々違い、内部に空間ができて断熱効果がある(熱暑対策)。もちろん、繋ぎは漆喰。というわけで、150年前にできた国宝と似たような作りだということ。

 左中写真は、開業当時に設置されたフランス式繰糸機のレプリカだ。(オリジナルの機械はもはや残っていない)。東置繭所でスタッフが実演を見せてくれる。背後にある黒い動力装置によって、小枠がクルクル回転している。同時に二本の糸を取るのだが、女工の仕事は常に同じ太さの「良い糸」を作ることである。ひとつの繭の糸が尽きたらすぐに新しい繭を次ぎ足すとか、ゴミを混入させないなど、器用さと勘が必要だ。女工には一等から三等および見習いまであり、みな一等女工を目指して勤労に励むのである。一等になれるのは全体のうち3%ほどだったというから狭き門だ。ちなみにこの女性スタッフに「あなたは何等くらい?」と聞いたら「私なんか3.5等」と謙遜しておられた。
 教育養成機関も兼ねての官営工場だったので、労働時間も8時間ほどで日曜も休みという日本初の西洋式労働環境。年限も三年。後の女工哀史みたいなことは無かったという。
 ちなみに、小枠に巻いた後、揚返(あげかえし)器を使って大枠に巻き返すが、これは小枠に巻いたままだと日本は湿度が高いので糸同士が粘着して品質が落ちるからだという。

 上州群馬と言えば上州座繰器。江戸末期に群馬で開発された木製歯車の手動糸繰り器だ。弊スタジオには日印合わせて三台ほどあり、毎春お世話になっている。(右写真)。
 この富岡製糸場の狙いは、その上州座繰器を最新の動力繰糸機に置き換えようということだ。その後、当初のフランス式繰糸機は、日本のプリンス(ニッサン)製の繰糸機に置換される。この繰糸機は糸の細さを自動的に検知し、自動的に繭糸を供給するという驚くべきものだ。それにより絹糸は一挙に大衆化するのである。

 弊スタジオで作る絹糸は、今もって上州座繰器によるもの。そして、インド工房ではそれすら使わないズリ出しという原始的な繰糸法だ。(左下写真)
 150年を経て煉瓦の積み方は似ていても、やっていることの方向性は正反対というわけ。いずれインドの国宝に……なるわけないか。





 

1月1日(火) 初日の出 in India

 田中ぱるば、信州上田の実家に滞在中。
 今朝、妹夫婦に誘われ、初日の出を拝もうと、近くにある愛宕山(標高556m)に登る。(標高だけ見るとチト高そうだが、実家がそもそも標高485mの所にあるので、実質70mしか登ってないわけだ)
 外は快晴。東の空には細い月がかかり、金星が輝いている。氷点下8℃の冷気の中、同じ志の村人四十有余名+上田ケーブルテレビ取材人ともども日の出を待つ。ところが、日の出が近づくにつれ、東方、浅間山に続く峰々の上に、どんどん雲が出てくる。結局、7時15分になっても陽が出ず、あたりもすっかり明るくなってきたので、寒いし、興醒めするしで、家に戻ることにした。
 せっかく新年の挨拶がてら、初日の出の写真を当雑記帳にupしようと思っていたのに…

 …と思っていると、その約3時間半後、インドから初日の出の写真が届く。(左写真)
 友人の養蚕研究者、パッチャウ博士からだ。インド東端ミゾラム州在住。やはり故郷の村で新年を迎え、近くの山頂から初日の出を拝んだのだという。標高約1400m。太陽の前に広がる山々はミャンマー領だそうだ。
 ヒンドゥー教徒やイスラム教徒にとって太陽暦の1月1日は特別な日ではなく、通常の火曜と同じで工房も稼働している。しかし、パッチャウ氏はキリスト教徒なので、クリスマスイブから明日まで休みを取っているらしい。(写真の手前にキリスト教会が見える)。インド人もいろいろだ。
 ちなみに今朝の日の出はインド時間6:05だったそうだ。当地と比べると約2時間半ほど遅い。(インドと日本の時差は3時間半。ミゾラム州はインド東端だから日出・日没の時間が早い)。しかしインドで初日の出を見るという話も初めて聞いた。

 ともあれ、今年もよろしく!


 

ホームページへ戻る