天然灰汁発酵建てで藍染め
Let's Indigo !

 ― 2002年夏、初めてやってみたスクモによる藍染の記録 ―

                                               


6月28日 すくもが来た


 当スタジオもついに藍建てによる染めに挑戦することになった。
 そのための材料となる「すくも」がさきほど徳島から到着。

 すくもというのは、藍の原料である藍草(タデ藍)を八ヶ月ほど発酵させたもの。
 これは藍師という専門職人が作る。(現在日本に六軒くらいしかないという)
 そのすくもを入手し、灰汁や糖分などを加えて、藍を建て、布や糸を染めるのである。
 こうした染め方を「発酵建て」というのだそうだ。
 昔ながらのやり方だが、いちばん発色がよろしいらしい。

 発酵、すなわち微生物の力を借りて染めるわけだから、なかなか一筋縄ではいかない。
 そこで現在、真木千秋は近在の紺屋に弟子入りして、そのやり方を習っている。
 
 本日到着したすくもは、一俵、約五十Kg。
 ほんまに稲ワラの俵で、荒縄でくくってある。
 写真の真木千秋はなにやらシャーマニックな雰囲気だが、これはすくもの香を嗅いでいるのである。
 ちょうど堆肥のようなニオイだ。
 手にはほのかな温もりが伝わってくる。まだ生きているのだ。

 さて藍建ての首尾やいかに。続報を請うご期待!



7月11日 弟子入り第一日目


 お隣の青梅市に「壺草苑(こそうえん)」という藍染工房がある。
 その工房主・村田徳行さんに弟子入り。
 この徳行さん、その名のごとく、かつて徳島へ行って藍染の修業をし、平成元年、こちらに工房を設けたそうだ。
 もともと家業が染色業ということで、広い敷地内に立派な構えの工房が建つ。
 一歩中に足を踏み入れるや、プーンという藍独特の匂いが鼻をつく。

 先生の徳行さん、見るからに藍染大好き、そして教えるのも大好きというお方。
 こんな近くにこんな人がいたとは、(ウチから車で十数分)、まさに幸運と言うよりほかない。
 ちなみに本日は、はるばるパキスタンから染織デザイナーが勉強に来ていた。
 写真上は、藍甕を前に真木千秋にいろいろ指導を行う徳行氏。左側の一升瓶は別に千秋の手土産じゃなくて、これから藍建菌に一献たてまつるのである。

    


 今日は藍を建てる最初の手順。
 まず甕をきれいに掃除する。徳行氏いはく「藍は建てるより、捨てるほうが難しいんですよ」。甕の底に沈殿している古いすくもの残滓は、下水に流すわけにはいかない。ポンプやひしゃくで汲み取って、畑に入れて、肥やしにするのだそうだ。(確かに堆肥のようなものだ)
 それから甕にすくもを入れ、前もって用意した灰汁を注ぎ入れる。灰汁というのは、木灰を湯で溶いて上澄みを取ったものだ。
 次いで石灰を入れる。これは建材店から買ってくる。
 更に日本酒を注ぐ。ひとつの甕に半升。なんとなく御神酒のような風情。
 最後にフスマ(小麦の外皮)を、灰汁で煮て入れる。(写真下)
 そしてよくかき混ぜて、フタをする。

 アルカリ(灰汁、石灰)、糖分(酒、フスマ)、そして温度が藍建てを決める三要素なんだそうだ。
 この三要素がうまく組み合わさると、すくもの中に棲んでいる藍建菌が活性化し、藍の色素を還元して液の中に溶かし込んでくれるのだ。すなわち藍が建つというわけ。
 実際これは生き物を飼うような作業だ。染色というより養殖か!?

 温度を三十度ほどに保ち、朝と晩に撹拌をしていると、やがて三〜四日で、大きな変化が現れるという。
 どんな変化か? それは次回のお楽しみ。











7月14日 壺草苑


 私たちが藍建てを習いに行っている壺草苑。
 ウチから青梅に通ずる秋川街道沿いにあるので、よくその前は通っていた。
 十年ほど前に一度、見学させてもらったこともある。

 今回はひょんなことからご縁ができた。
 昨年、徳島のギャラリーで展示会を開いたとき、当地で藍師と出会い、すくもを譲ってもらうことになる。
 その譲ってもらう条件として、ここ壺草苑で藍建てを習うよう申し渡されたのだ。

 その名の通り、工房の正面には藍甕がいくつも並んでいる。
 単なる飾りではなく、現在使用中の甕のスペアとして、ゆくゆくは使うそうである。
 写真中、左端のものが二石甕(一石=180リットル)。真ん中のが二石半。右端が一石。
 (一石の甕は工房用としては小さすぎるので販売用とのこと)
 左側の人物が先生の村田徳行さん。よく見ると両手が藍染になっている。

 真木千秋も、今回は合成樹脂の甕を使うが、いずれこうした甕で建ててみたいと思う。
 やっぱそのほうが雰囲気出るもんなぁ。
 生き物を飼うわけだし。
 (もちろん上手に建てられるようになったらの話だが)
 
  壺草苑  東京都青梅市長淵8-200 TEL0428-24-8121 ショールーム、一日藍染体験コース等あり
        ホームページは
こちら
 



7月17日 灰汁づくり


 壺草苑に通うこと数度。
 なんとか藍を建てられそうな目途がついたので、徐々に準備を進めているところ。
 まずは灰汁づくりだ。
 
 材料の木灰は壺草苑から20Kg譲ってもらう。
 米袋ひとつ分の量だ。
 これだけの量をさばくポリバケツが手許になかったので、急遽、90リットルのものを二つ買ってくる。
 
 平行して、ウチにある最大の鍋を使って湯を沸かす。
 バケツに各々10kgの灰を入れ、湯が70度〜80度になったら、上から注ぐ。
 一回に百リットル以上の湯が必要なので、この大鍋でも二〜三回沸かさないといけない。
 そのまま数時間放置して、上澄みを取る。
 これが一番灰汁と呼ばれる一番強い灰汁で、これから様々な場面で用いられる。

 同様に二番灰汁、三番灰汁、四番灰汁、五番灰汁と取っていく。
 灰汁は重要なアルカリ剤。
 前にも書いた通り、アルカリ、糖分、温度が、藍建てを決める三要素だとのこと。
 灰汁の中のアルカリが、藍建菌を活性化するのだ。(正確に言うと、腐敗菌などの雑菌を抑えるらしい)



7月19日 藍の宿


 灰汁づくりも終わって、さて次の問題は、いったいどこに藍甕を据えるかということ。
 藍建ては温度管理が最重要項目のひとつだ。
 たとえば壺草苑では、建物の床に甕を埋め込み、必要に応じて電気ヒーターで加温できるようになっている。
 当スタジオではちょっとそのようなマネはできない。
 室内なら温度は管理しやすいが、ニオイがちょっと問題だ。

 そこで目をつけたのが、「竹の家」玄関脇にある「むろ」。
 羽目板を外すと、七十cmほどの深さに石積みの穴が掘られており、本来は野菜などを貯蔵したところだ。
 すなわち、夏は涼しいので生モノの長期保存ができ、また冬は逆に凍結防止に使える。外より温度が一定しているのだ。

 ここ二、三日、羽目板を外して中の温度を測定してみたところ、外気温が30度を越えていても、内部は最高28度。
 これは藍の保存に都合がよさそう。
 ひさしの下なので雨のかかる心配もない…
 ということで、ひとまずここを藍の宿と決定。

 おそらく数十年使われなかったであろう内部を掃除して、藍甕を据える。
 ま、甕と言っても、某染料店で買ったプラスチック製なんだけどね。
 趣はないが、軽いし、割れないし、使い勝手は良いと言える。
 容量200リットル。
 真木千秋がうれしそうに握っている棒は、藍かきまぜ棒。これは私ぱるばの特製である。
 (ホームセンターでプラスチック製の風呂かきまぜ棒を買ってきたんだが、短すぎて役に立たない)

 これで準備万端あい整う。
 (大枚二万ン千円はたいてpH計まで買っちゃったし…)
 明日にでも仕込みをしようと思えばできるのだが、あいにく土日は休日。
 ヌケガケで僕らだけでやってしまうとスタッフのみんなに悪いので、週明け月曜に仕込むことにしよう。



7月22日 仕込み!


 梅雨も明けて、本格的な夏に突入!
 それとともに、当スタジオにも、いよいよ藍建て仕込みの日がやってきた。
 満を持して、すくもの俵を開く。
 中はこの通り。

 う〜ん、これがあの青々した藍草の発酵した姿か…
 黒褐色で、まさに腐葉土のよう。
 この中に藍の色素が入っているというのだから、ふしぎ。
 

 すくもを俵から出し、スタッフ総出でモミモミする。
 すなわち、すくもに灰汁を加え、手で揉みしだくのである。
 そうするとすくもが細かく砕かれ、発酵が早くなる。

 みんな子供に還って、泥いじり。
 いいかげんいじったら、藍甕の中に収める。
 俵の1/3、約20Kgを仕込む。
 (すなわち、もし失敗しても、あと二回はチャンスがあるということ)

 次に灰汁を注ぎ入れる。
 「灰汁発酵建て」と言うくらいだから、すくもに次いで重要な要素だ。
 二番灰汁、三番灰汁、四番灰汁、五番灰汁をそれぞれ25リットル、計100リットルを、多少加熱しながら入れる。
 灰汁といえば英語で ash juice。そういえばなんとなくリンゴジュースのような風情。でも実際はとても苦いのである。

 この灰汁の元である木灰は、静岡・焼津の雑魚節(鰹節みたいなもの)屋さんから来たものだそうだ。クヌギの灰なのだという。
 単一樹種の木灰が望ましいのだと。
 灰のよしあしがひとつのポイントなのである。


 お次は石灰。
 灰汁とならぶアルカリ剤だ。
 これを三合ほど。

 我々の先生である壺草苑・村田さんが、心配してわざわざ駆けつけてくれた。
 やはりプロは手つきが違う。
 甕の壁に石灰を散布することによって、その部分に藍建て菌が棲みつくようになるのだそうだ。
 そうすれば、発酵もまた促進されるとのこと。

 ともあれ、これで、建たなくても先生の責任にできるので、我々としても一安心。


 次いで御神酒を二合だ。真木千秋がうやうやしく升酒を進上。
 ま、近所のスーパーで一番安いの買ってきたんだけどね。
 しかし値段ではないのだ。「竹の家」の神棚にしばらく供えて、拝んでおいたから、きっと御利益あるはず。
 何ごとも、信ずる者は救われる。

 実際、我々の手許には藍建ての資料が幾つもあるのだが、ことごとく手順や塩梅やらが違っていて、どれに従っていいものやら見当つかぬ。
 もしかしたら細かいことはどーでもいいのかもしれない。
 要は気合いなのであろう。(これを称して気藍建てという)

 最後に、小麦フスマを入れる。
 これは、前もって十五分ほど、灰汁で炊いておいたもの。
 酒とともに糖質として菌の食物となり、その活性を増進させる。
 アメ色をしていて、見るからに美味そうではないか。(味見はしてないが)

 更に、先生の指示に従って、灰汁を8リットルほど追加する。
 その後、秘密兵器のpH計でアルカリ度を測定すると、ぴったり11.9。
 これは藍建てには理想的な数値なんだそうな。

 そしてよーくかき混ぜて、フタをする。
 わが手製の「かき混ぜ棒」も、途中ですっぽぬけることなく、ちゃ〜んとお役に立っていた。

 さて、問題は温度である。
 藍建て完了までの約一週間、三十度ほどの液温を保つ必要がある。
 室(むろ)は夜間25度以下に下がるようだから、何らかの防寒(!)装備が必要だ。
 そこで電気敷布を巻いたり、段ボールやプチプチビニールで覆ったりと、真夏なのにちょっと気の毒ないでたちである。

 ま、それも一週間の辛抱。
 藍が建ちさえすれば、比較的涼しい環境で余生を過ごせるはずだ。

 さて次なる作業は、ここから4〜5日後。
 発酵を始めた藍甕に、「中石」なるモノを投入するのである。
 さて、中石とはいったい何か!?



7月23日 藍建て二日目


 今日は書くつもりなかったのだが、毎日見てくだすっている熱心なアナタのために、世間話をひとくさり。
 
 今朝、珍しくも、まだ誰も来ていない「竹の家」に駆けつけ、愛しの我が子の様子をうかがう真木千秋。
 期待と不安を胸に、フタをあけて、温度計を挿し入れ、pHを計ってみる…。すると、
 「えーーーっ!」と、悲鳴ともつかぬ声。
 なんでも、液温34度、pH11.2だという。
 液を撹拌して再度pHを測定すると、10.9にまで下がる。
 真木千秋の周章狼狽は限りない。

 昨日午後4時、仕込み終了時点で、液温40度、pH11.9。
 藍建てに適切な温度は30度くらいとされるが、ムロの温度は夜間25度を下回るので、一夜明ければきっと液温も30度を割っているだろうと予測していた。
 しかし昨日の写真にも見るごとく「防寒装備」が厳重だったせいか、温度の下降が予想ほどではなかった。(ヒーターは入れていない)
 それで菌の活性も増し、その活動によりpHが下がったのだ。

 中石と呼ばれる次のプロセスは、pH10.5が目途とされる。
 このままだと今日中にもその値まで下がるだろう。
 通常、中石は四日目か五日目ということ。
 まだ二日目なのに〜〜! というのが真木千秋の狼狽の元である。
 なあに、ちょっと成長が早まっただけさ…。と達観していればいいものを、とにかく我が子のごとく溺愛しているものだから、心配でしょうがない。

 すぐさま先生のもとに電話を入れるが、折悪しく壺草苑は本日休業。
 そこでとりあえず二番灰汁を6リットルほど注入し、pHを上げる。(これで11.2になる)
 さらに、防寒衣をすっかり脱がせて裸にし、それでもなかなか熱が下がらぬので、冷蔵庫からアイスノンを四つ取り出して四囲にあてがう…

 ね、まるで、熱を出した愛児を介抱するようなかいがいしさでしょ。
 その甲斐あってか、午後6時には、30度ほどの温度になる。pHは10.9。
 もしかしたら、明日あたり、中石投入かも。
 ともあれ、温度1度、pHコンマ1に、上を下への大騒ぎの一日であった。
 (ホント、真木千秋の子供に生まれなくてよかった)

 これで藍が建ったら、後世の人々はこれを、「溺藍」、ないしは「盲目の藍」という名で呼びならわすことであろう。
  



7月24日 中石投入


 
今日で藍建て三日目。
 朝十時頃、甕のふたを開けると、アンモニア臭とともに、かなり強い発酵臭が!
 この発酵臭というのは、あの藍独特のニオイである。
 液温27度。pH10.4。
 液を撹拌すると、藍の建ち始めた兆候がいろいろ現れる。

 発酵臭のほか、液が粘りを帯び始め、泡がなかなか消えなくなる。
 撹拌棒やpH計がほのかに青く染まるようになる。
 そしてなにより、撹拌後、しだいに液面に膜が張り始める。
 これはいよいよ中石投入かな…。

 中石(なかいし)というのは、「中間に入れる石灰」というほどの意味だ。
 藍建菌が活発に働き始めるとアルカリが落ちてくるので、石灰を入れてpHを上げるのだ。
 そうしないと、やがて藍建菌が腐敗菌など雑菌に負けてしまう。
 中石投入まで来ると、めでたく最初の関門突破というところか。

 いそいそと先生の村田氏に電話して状況を話すと、二〜三時間後に石灰を入れたらいいだろうと。
 そうするうちにも、液の表面は刻々と変化し、膜がだんだん拡がっていく。
 写真はそのときに撮ったもの。表面を覆う膜がわかるかな?
 真木千秋など、甕の縁にへばりついて、強い発酵臭もものともせず、愛児の成長の様子を飽かず眺めている。
 (窒息死されても困るのでなんとか引きはがしたが)

 昼食後、先生のアドバイスに従い、石灰を一合半投入する。
 pHは11.3まで上がる。
 この中石投入は四日目か五日目を想定していたのだが、今日はまだ三日目だから、かなり早熟といえるだろう。
 これも、最初の液温が40度と高く、しかも真夏だったので液温が下降しなかったせいだろう。
 また、最初にすくもをみんなでモミモミしたのが効いたのかもしれない。(センセのところではやらないそうだ)

 この後、順調に行くと、明日・明後日で液を嵩上げ(かさあげ)し、それから止石を打って、藍建て作業は完了となる。 
 (しかし、コレ、やみつきになりそう…)



7月25日 もうひとりのあい


 
藍建て四日目。
 朝十時過ぎに甕を開けると、元気そうな吾児の様子。
 16時間も放っておいたのでヒネクレてるんじゃないか…という千秋の心配も、どうやら杞憂であったようだ。
 さっそく撹拌してpHを計ると、11.2。
 う〜ん、昨日とあんまり変わんないなあ…。
 嵩上げ(かさあげ)していいんだろうか?

 ということで先生にまた電話でお伺いをたてる。
 「これこれこういう状態なんですが、嵩上げしていいでしょうか」
 「そうですね、三回くらいに分けてやるといいでしょう。pHが高目だったら、三番灰汁とか四番灰汁を使ったらいいです」
 「じゃ、今からやって大丈夫ですね」
 「大丈夫。もう、発酵が止まるなんてことはゼッタイありませんから」

 という答えに勇気百倍。
 三番灰汁と四番灰汁、あわせて27リットルを注入し、嵩上げするのであった。

 ところで、我々のために藍草を栽培してくれていた隣町の農夫・船附クンに先週末、女児誕生。
 その名も「藍」ちゃん。
 まだお七夜も来ないのにもう名前…?
 実は、初子が男児だった船附クン、次はゼッタイ女と堅く心に期するものがあったのである。
 それで、ずっと以前から女の名前を用意していたのだ。
 そーいえば先日も言ってたなあ、「女の子の名前は考えてあるんだー♪」と。
 あえてその名は聞かなかったが、(もし男だったら困るし)、ウ〜ム、こころに秘めたるその名が、「藍」だったとは!



7月26日 ぬけがけのマリンブルー


 
藍建て五日目。

 先生はいつも朝七時に撹拌するんだそうだが、我々が竹の家に到着したのは十一時。
 そらから徐(おもむろ)に撹拌する。
 美しい藍色をした「藍の華」がモクモクと湧きたち、pHも適度に下がっている。
 順調に成長を遂げている様子。
 今日も二番〜四番の灰汁を27リットルほど注入し、嵩上げをする。

 ところで昨夕。
 スタッフもみな帰り、静かな竹の家。
 夕べの撹拌を終え、藍華湧きたつ液面を眺めていると、つい出来心が…。
 「これはもう染まるに違いない」
 そのとき誤って、Tシャツのすそが液に漬かってしまう。(ほんとは無理やり引っ張って漬けたんだけど)
 それで慌てて、いそいそと、水で藍液を洗い流す。
 すると後には、薄い藍色、いうなれば、沖縄の海のごときマリンブルーの痕が残る。

 それを見た真木千秋。
 「ずるいっ!」と言うが早いか、先日引いた春繭の座繰り糸を一筋抜き出し、藍液に漬ける。
 いそいそと水で洗い落とすと、やはり南の海のマリンブルー。

 味をしめた真木千秋は、今朝も座繰り糸を一筋、液に漬ける。
 今日はもう少し色も深まって、日向灘のマリンブルーかな。



7月27日 花も恥じらふ


 
六日目。

 藍の勢いはますます盛ん。
 撹拌すると、黒褐色の液の中、酸化された色素が黒々と筋を引く。
 予定通り、30リットルの灰汁を足し、嵩上げを完了する。
 
 これでウチのアイコも体だけは一人前だ。
 花も恥じらう…くらいの齢かな。
 体重約200kg。
 …と書くと、あんまりカワイくないが、ま、ほとんどは水なのである。

 液面に浮かぶ藍色の泡が、藍の華。
 これは指で突っついても何しても消えない。
 藍の建ってきたしるしである。

 ちなみに、真木千秋の着ているシャツは、インド藍で染めたもの。(ホントはオレのなんだが取られてしまった)
 同じ藍でも色合いに微妙な違いがあるのである。



7月28日 試し染め


 
7日目。
 嵩上げから丸一日。

 どう見ても染まりそうなので、ちょっと試してみることにした。
 用意したのは、先日引いた春繭の座繰り糸
 二回染め重ねて、ご覧の通り。
 どうです、美しいでしょう。
 真木千秋・大満足。思わず「バンザーイ」と快哉を上げる。

 その後、染め方に幾つか疑問点があったので、青梅の壺草苑に出かける。
 もちろん、この試し染めサンプルを持参で。
 道中も真木千秋、藍色に染まった絹糸を手に、ルンルン気分である。

 しかし約一時間後、壺草苑を後にした真木千秋、心なしか意気消沈している。
 いったいその間に何があったのかっ!?

 壺草苑の外に干してあった染め上がりの絹糸と、自分のサンプルを見比べてしまったのである。
 壺草苑の絹糸は、三回、六回、十二回の重ね染め三種だったが、どれも色目がより純粋な藍色をしている。
 それに比べて、わが絹糸は…。
 それはそれでとても美しい。
 しかし、ちょっと黄味がかり、少々鮮やかさに欠けるところがある。
 これは先生いわく、糸を練っていないから…すなわちセリシンが残っているからだという。
 それに、洗いにひと工夫必要だろうということ。

 無精錬の絹というのは、当スタジオの好んで使う素材だ。
 しかし精錬して初めて出る味わいも、また存在するのである。
 これでまた世界が広がるなァ…
 ため息まじりの真木千秋であった。

 今日は私ぱるばもイタズラで藍染を致したもんだから、二人して両手が藍染になっている。
 ことに藍は爪を染めるから、私の両手の爪は全部、剥げかかった青いマニュキュア状態だ。
 夕餉の食卓に蒼い手が四本伸びる図は、また一種異様な光景であった。



7月29日 新たな地平…


 
朝。
 さて、何を染めようかなあと楽しい思案の真木千秋。
 今まで西表島で藍染したサンプルをいろいろ引っ張り出しては眺めている。

 「そうだ、綿だ!」と、突然の声。
 いったい何が綿だというのか。

 これは昨日の話の続き。
 無精練の絹糸を染めると、ちょっと黄味がかる。
 それはそれでとても美しいが、壺草苑で見た精練糸の藍色、つまりもっと紫がかった藍 ― それもまた欲しい。
 しかしだ、精練した絹糸はキレイすぎて、何に使うか、ちょっとインスピレーションが湧かない…
 これが千秋のジレンマであった。

 ところが西表で染めたサンプルを見ていると、綿糸がちょうど、精練絹糸のような藍色を出しているのだ。
 それで「綿だ!」と言ったわけ。

 これはちょっとした事件である。
 というのも、今までなかった発想だからだ。

 Makiの使ってきた糸糸をたどってみると…
 インドに産するタッサーシルクなどの野蚕、そして家蚕、そこから紡がれる絲絲絲絲絲絲 ― それは尽きせぬ世界だ。
 そして近年は苧麻も使い始める。この世界もまた奥が深い。
 とても他の素材に手を出すヒマは…

 ところが、広大なインド亜大陸にはまた、様々な手紡ぎの綿糸が存在するのである。
 細いのから太いのまで多種多様。
 たとえば、夏用の織物に細い綿糸を織り込む、ということも十分可能なわけ。

 というわけで、この藍建てを機に、Makiもまた新たな世界に踏み出すのであろうか!?

 



8月1日 絹のいろいろ


 
うだるような暑さの中、ウチの藍はますます元気。
 仕事の合間を見ては様々な素材を試染する日々である。
 とにかくスクモの藍建てなんて初めてなので、何を染めても新しい発見である。
 その中で、今日はシルクのいろいろをお見せしよう。
 

 左端はバンガロール・シルク。インド南部のバンガロール周辺で引かれる家蚕糸。半練り。美しい藍色に染まった。

 左から二番目。(カセがY字形になっているので二本に見える)。これはウチで引いた春繭の座繰り糸。引き方にムラがあるので、色ムラが出た。(でもそれが面白いんだそうな…)

 左から三番目(右から五番目)。白マルダシルクの細糸。マルダとはインド・ベンガル地方でとれる小さな繭。繊維の細いのが特長。未精練なのだが、淡い色に染まった。

 右から四番目。マルダシルクの極細糸。半精練で、美しい色に染まった。

 右から三番目。中国柞蚕の大條糸。未精練の野蚕糸はいちばん染まりにくい。しかし特有の光沢がある。

 右から二番目。インドネシアの玉糸。

 右端。インドネシアの玉糸。おそらくは黄繭。

 いずれも二回から三回染めたもの。
 ごらんの通り、一口に絹と言っても、染まり方はいろいろだ。
 やはり、練ってセリシンを落とした方が、より紫がかった藍色に染まるようだ。

 ところで先日壺草苑で教わったのだが、絹の染色後、不純物を取り除くには、灰汁で洗うといいとのこと。
 そこでさっそく実行してみたところ、やはり色が澄んできた! と喜ぶ真木千秋。

 染め終えたらよーく撹拌し、必要とあれば一番灰汁を注入し、いーこいーこして、フタを閉めておしまい。
 藍甕をひとつ持っていると、染めたいときにサッと染められるので便利である。
 (通常の草木染めみたいに煮出したり媒染したりする手間がない)



8月6日 藍より蒼し


 
ここ数日ご無沙汰であったけれども、世に言うごとく、便りの無いのは良い便り。
 真夏の太陽の下、ホットな「藍の生活」を送っていたのである。
 おかげで私たちの手は、ほれ、この通り…

 上が私ぱるばの手、下がチアキの手。
 爪の色が妙でしょう。
 人体で一番藍に染まりやすいのは、どうやら爪であるようだ。

 一見して瞭然であるが、チアキの爪の方が青々している。
 これは別に、チアキの方がせっせと染めているから…というばかりではない。
 実は私、数日前からマニュキュアを塗っているのだ。
 透明マニュキュア。

 マニュキュアなんて初めてだが、こうしておけば爪が染まらずにすむのだ。
 やっぱ、体裁わりーもんなー。蒼い爪じゃ。
 ただ、おかげで爪にテカリが出て、怪しげに光るのである。
 除光液で除去すればいいんだが、面白いからそのままにしている。

 二人で握っているのが、青山店fabコーナーでも売っている、綿カディーの布。
 やっぱり藍は綿と相性がいい。
 四回染めて、かくのごとき濃色だ。
 実はこれ、私のルンギである。
 幅1m10cm。長さ2m30cm。
 これを巻いて街を闊歩すると涼しくていい。(ちょっと目立つが…。爪も蒼くテカってるし)
 最近はホント、上から下まで藍づくしだ。

 



8月11日 藍の父


 藍甕をひとつ持っていると、いろいろ遊べて楽しい。
 今日は、隣町の農夫・船附クン一家、そして近所の娘・風生(ふき)ちゃんを呼んで、藍染 Party!

 当HPにもしばしば登場する人物、船附クン。二年ほど前から当スタジオのために藍草を栽培してくれている。
 もともと彼、当スタジオの顧客で、展示会や青山店などによく出没していたらしい。
 Maki布のコレクションも相当なようで、オープンハウスの節などには、バッチリめかしこんでやってくる。

 今日は一家四人で「竹の家」に来訪する。
 先日ご紹介したように、彼にはこのたび、第二子、藍ちゃんが誕生したのである。
 そこで仲良くツーショット!

 父がトーガのごとく纏っているのは、今日手づから染めたばかりの綿カディ布。
 (おかげで手が不気味に蒼い)
 そして娘の頸には藍のよだれかけ。
 このよだれかけ、実はウチの藍が無事建った先月末、初めて染めたものである。

 船附クン、娘に藍と命名するあたり、藍に対する思い入れも並大抵ではないようだ。
 藍草を栽培しているのも、泥藍による藍染をやってみようとの魂胆かららしい。
 機会あったら今度、それもご紹介しよう。



8月12日 藍の母


 今日、竹の家の台所の机の上に、今まで染めた藍の糸や布を全部集めてみました。
 ごらんの通りです。

 細いマルダの糸がつやつやと深い藍の色に染まり、綿の糸はこっくりと染まっています。
 赤城の座繰り糸の半練り(試しにやってみている)糸も私にとってはちょうど良い風合いになり、色もとてもきれいにでました。
 光り過ぎないし、濁っていないのです。ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
 見ても見ても見飽きない、吸い込まれていきそうな藍の色。

 今年はまだ海に行っていませんが、なんだか満足しています。
 来週あたりおしめりを期待して、その頃には生葉染めも予定しています。
 あ〜一年に一回でもあの胸のす〜っとする生葉の色をみたいです。
 作ること続けられることに心から感謝! の一日でした。

 まきちあき



9月21日 藍の秋


 三週間ほど家を留守にし、久しぶりに「竹の家」に戻って、藍甕を開けてみる。
 するとどうしたことか、藍の華がほとんど 咲いてない
 留守している最中も、ほとんど毎日のように思い出し(というか毎日藍を身につけていたので思い出さないわけにいかない)、早く帰って染めたいなあなどと夢想していたので、これはちょっとびっくり。

 世話をしてくれていたスタッフによると、ここ数日間でだんだんそうなってきたのだという。
 もちろん毎日撹拌し、三日に一度ほどのペースで染めていたそうだ。

 pHを計ってみると11前後。液温19度。
 試しに綿糸を染めてみると、染まるには染まるが、以前の三分の一ほどしか力がない。
 これは酒か水飴でも与えて元気をつけてやる必要があるか…
 今までにどのくらい染めたのか真木千秋に質してみると、そうねえ10kgから15kgくらいかなぁ、と言う。

 そこで先生に電話して聞いてみたところ ―
 この大きさの甕で15kgも染めたら結構な量なのだそうだ。
 つまりは、終焉が近づいているということ。
 染める力も、回復力も弱まり、華も咲かなくなるとのこと。

 夏の盛りにはあまりに元気だったので、このまま永久に染まり続けるのではないか…
 などという幻想がなきにしもあらずであったかな。
 物事には必ず終わりがあるものだが、ウチの藍子に限っては、とわなるアイ…
 なんてわけにはいかなかったな。

 今回はおもしろがって何でもかんでも染めてしまったが、これからはもうチト大事に扱おう。
 ゆめゆめ、ナントカ温泉の無料タオルなんか染めたりしないようにしよう。

 ただ、染力が弱まったからこそ、できるワザもあるのである。
 すなわち薄目の藍を染めるということだ。
 いわゆる「甕のぞき」。
 甕を覗きこんだとき映る、空の色 ―
 ときあたかも、大空澄みわたる秋。



10月16日 藍の花園


 今、竹の家は、藍の花が、まっ盛り!
 
 「藍のハナ」と言った場合、普通は、藍甕の上面にモコモコと湧き上がる泡のことだ。
 それを当ページでは、「藍の華」と表示している。

 今日ご紹介するのは、「藍の花」。
 これは文字通り、藍草の花のことだ。

 藍の色素を含有する植物はいくつかあるが、日本の藍は「タデアイ」と呼ばれるもの。
 タデ科の植物で、その辺にいくらでもあるイヌタデ(あかまんま)と、外見はそっくり。
 けっこう強い植物のようで、栽培もわりあい楽だ。
 当スタジオでも、何度か種を蒔いて栽培したことがある。

 今年の春もスタジオの庭に播種
 当ページではご紹介できなかったが、八月に一度刈り取って、生葉染めに使用した。
 (昨年の様子はこちら)

 その切り株からまた芽が出て、それが今、花盛り。
 いわゆる二番藍というものだ。
 タデアイにもいくつか品種があるらしく、徳島県観光協会のHPによると、これは「小上粉白花種」と呼ばれるものらしい。

 このままにしておくと、晩秋、種がいっぱい採れる。
 それをまた来年蒔いて、藍ごっこをするというわけ。
 「あいのはなぞの」が見たい人は、「竹の家でおかいこぐるみっ!」までお運びあれ。
  (ま、フクイクたるカオリってわけじゃないけど)



2003年3月4日 返本還源


 ウチの藍甕。
 最後に染めたのは昨年10月だったろうか。
 もうほとんど染める力は残っていなかったが、だからとて捨てるに忍びず、そのままにしておいた。
 そのままといっても、かきまぜないと死んでしまう。
 それで、当初は二日に一度、真冬の間は一週間に一度、かきまぜていた。

 しかし、使いもしないものを保持し続けるのも空しい。
 それで土に還してやることにした。

 実際、これはよい肥やしになるのである。
 最初に入れたスクモの分量が約20Kgであるから、もともとの藍草にすれば100kg近くになるのではないか。
 それが完全に好気性発酵し、さらに灰汁や石灰といったアルカリ分をかなり投与しているから、植物にとってはまたとない養分であろう。(強すぎるかな!?)

 「竹の家」前庭にある畑に溝を掘り、甕から藍液を汲み取ってきては、流し込む。
 ここは昨年、藍畑だったところだ。(20cm上の写真参照↑)
 液の色は暗緑褐色で、匂いは藍液そのまま。
 まだ生きているようだ。

 写真中の藍液はまだサラサラしているが、甕の底部に行くとドロドロのヘドロ状態。
 しかし汚いという感じはしない。
 むしろ、インド料理のパラック(ほうれんそうカレー)を彷彿とさせる質感&色合いである。
 私が頭に巻いているタオルは、昨夏、この藍液で染めたものだ。

 流した藍の上に、土をかぶせ、落ち葉をまぶす。
 冷たい陽気ゆえか、匂いもほとんどない。
 春にはまたここに藍の種を蒔くから、ちょっとデキすぎのリサイクルかな。
 いや、リサイクルというと資源ゴミみたいだから、ここは輪廻転生と呼ぼう。