東京西多摩、秋川の清流を見下ろす崖上 |
なにやらプロジェクトづいているが、まっ、いいか。 このパオひとつつくるのに、布が16メートルほど必要になる。 |
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そこで、沖縄の手紡ぎ苧麻糸、それも上等な極細糸と、赤城の座繰り糸を使ってみた。 今、千秋はふたつ目の生地に取り組み中。 |
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10月17日(木) おかいこぐるみ前夜
今、午後八時。
ここ竹の家では、明日から始まる「おかいこぐるみ」展に向けて、真木千秋ほかスタッフ四名が飾り付けに余念がない。
みんなよく働くことである。感心感心。
かくのごとく忙しく立ち働く女たちをよそに、私ぱるばがなぜ呑気にパソコンなぞに向かってるのか!?
じつは、私は外回りの肉体労働担当で、強靱な体力と明晰な頭脳のせいか、もうとっくに仕事を終えてしまって、手持ち無沙汰なのである。
あとはデリバリーの Pizza を待つばかり♪
でも一人だけ遊んでるのも悪いから、ちょっとデジカメで取材して、実況をお伝えしよう。
写真は二階。
五十畳の元・蚕室に、ところ狭しとMaki布が、宙を舞い、地を這っている。
吊した布を見上げながら、思案中のマキチアキ。
さて、首尾良く「おかいこぐるみ」のスペースが出現するであろうかっ!?
今、二階を見てきたんだけど、なかなか良いみたい。
な〜んてオレが言うのも手前味噌だが、今までの当スタジオ展示会にはないようなしつらえである。
床にはレイリー(野蚕)ラグが敷設され、クッションを枕に寝転べば、辛き浮世もカヤの外、しばしアナタは繭の中…
あっ、マキチアキが上から降りてきた。
周囲をヘイゲイしつつ、何やら独りごちておるぞ…
「ふむふむ、なかなかおもしろいじゃない。力作だっ!」
…だと。
というわけで、本20日(日曜日)、三日間にわたる竹の家イベント「おかいこぐるみ」は無事終了。 おもしろいことに、前日の17日まで一週間以上、秋晴れの連続だったのに、会期に入ると、とたんに曇天となり、最終日の今日は雨模様。 通常だと「いったい誰の行状のせいか」と互いに疑心暗鬼になるところだが…。 実は今回は屋内展示中心で、しっとり、ゆっくり、布を見てもらおうという企画であった。 だから、「雨もまた風情があっていいか」って感じで、わりかし余裕がある。 左の写真は二階の模様。 その一角に、「レイリー・ラグ」(タッサーシルクの敷物)を敷きつめ、くつろぎのスペースを作る。 (一番くつろいでたのは私かも…。今日もしばし午睡を貪った) |
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外では何もやらないつもりだったのだが、当日朝になって、ムクムクとイベント心が湧き起こり、急遽、焼き芋をすることに。 で、建材店から玉砂利を四袋買ってきて、石焼き芋のセッティング。 ついでにコンロにも火を起こし、ヤカンのお茶を保温する。 (右写真の上の方にあるのわかるかな) ま、石焼き芋ってのは、労多くして報いは少ないのだが、焚き火って、なんとなく嬉しいじゃん。 木の燃えるニオイは人間の原始的な快感を呼び覚ますし。 それに今年は暖かくて蚊もまだ元気だから、煙が蚊遣りになる。 …と、いろいろ理屈をこねるが、要するに火遊びが好きなわけ。 用意した栗の渋皮煮(右写真の下の方)もすこぶる好評で、瞬く間になくなる。 (真木千秋はなぜかこれが発音できず、どうも「しぶのくりかわに」となってしまう) |
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ここ「竹の家」は築二百年の農家。 土間を上がったところに、囲炉裏が切ってある。 上からは自在鉤も。 昔はここで柴を燃やしたのであろう。 天井や周囲の壁が真っ黒に煤けている。 それによってきっと、建材が長持ちし、虫除けにもなったのだろう。 しかし現代の我々には、とっても耐えられまい。煙たくて。 今日は特別に炭火を起こす。 煙の出ない木炭は、昔も今も貴重品だ。 この家の床下に敷設した残り ― 新潟産の炭。 普段は仕事場なので、なかなかこんな優雅なマネもできない。 年に一度のゼイタクなのだ。 photo by Tamawo |
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当スタジオ所有の鍋のうち、最大のシンメイ鍋。 その煮えたぎる湯の中で、今まさに釜ゆでにされようとしている手弱女(たおやめ)…。 その運命やいかに!? 実はこれ、来週8日から始まる中村好文展に出品される蚊帳(パオ)の布なのである。 (この布の製作については、本頁7月18日および8月25日の記事を参照) 言うまでもないが、これは蚊帳なのであるから、風を通さないといけない。 だからといって、フワフワ、ナヨナヨ、していても困る。 間(ま)を空け、しかも、しっかりと、織らないといけない。 ここが工夫のしどころなのである。 |
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そこで今回、真木千秋の採った方法とは? これは企業秘密なのであるが、ま、この際、そっと教えちゃおう。 絹の織物に、水溶性の糸を織り込んだのである。 それによって、杼(ひ)をしっかり打ち込むことができるわけだ。 そして織上がった布を、沸騰した湯でしばらく煮る。 するとその秘密の糸はすっかり溶け去り、後にはシルクだけが残る。 それを干しているのが、下の写真。 絹の微妙なゆらぎ(クセ)がわかるかな? このようなゆらぎは、手引きの生糸特有のものだ。 ただ、生糸だけで織ると、こうした布の風合いは出せない。 それで近代テクノロジーを使ったというわけ。 当スタジオは別に伝統のみにこだわるものではないのである。 (インドへ行くときは飛行機にも乗るしね) |
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岐阜・多治見にある、ギャルリももぐさ。 築百年の庄屋屋敷を移築したギャラリーだ。 ここで今日から「蚕衣無縫展」が始まる。 これはももぐさ女主人である安藤明子さんとのコラボレーション展で、昨年五月に次いで二度目だ。 この展示会には、とりわけ真木千秋の力が入ってしまう。 なぜ力が入ってしまうのか? そのひとつは、明子さんのせいである。 明子さんは衣をつくる人だ。 明子さんは、布をそのまま活かす。 洋裁のように、布を切って捨てたりしない。 それでいて、野暮ったくなることがない。 着る人の特性を活かすような衣ができる。 たとえば、左上の写真。 明子さんを真ん中に、左右の私と千秋が着ているのが、明子さんの手になる「イカコート」。 布からそのまま切り出すので、平面的に吊すとまるでスルメイカみたい。 ところが着てみると、写真のごとくお洒落である。 なお私の肩から下がるのが、ナーシ・シルクでできた袋。(ちょっとハマリ過ぎ!?) |
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左中の写真は、サロンである。 明子さんも常用している腰巻だ。 今回は私ぱるば用に男性用サロンも作ってくれたので、またの機会にご紹介しよう。 真木千秋はこの展示会用に様々な意匠を凝らすのだが、今回は、縮絨(しゅくじゅう)と起毛(きもう)。 縮絨というのは、織上がった後、熱によって糸を縮ませ、風合いを出すこと。 空羽織などの技法を使って、構造の段階から工夫する。 右上の写真は、その縮絨布を使ってできた衣。 起毛というのは、布をくしけずって繊維を浮き立たせ、羽毛のような柔らかい表情を作る技だ。 ももぐさ展のもうひとつの特徴は、そのディスプレーにある。 大学で彫刻を専攻したという男主人・安藤雅信氏の手になる展示は、イマジネーションに満ちている。 その展示を見て、真木千秋などは新たなインスピレーションを得るようだ。 (展示作業を終えた千秋いはく、「あの二人ってすごいクレージー。私たちも負ける…」) 写真左下は、その展示会場でフォトセッション中の千秋と大村恭子。 真ん中でトグロを巻いているのが、段ボールを切って巻いたオブジェだ。土間を入ってすぐ左手に、異様な存在感を醸している。 その前にある雑巾のような布は、展示の前夜、真木千秋が夜鍋に織り上げた作品「あめつち」である。 仏間には等身大のぱるば人形まであって、訪問客を怯えさせていた(→)。 なおこのももぐさは、12月初旬発売の『住む』冬号にて、赤木アキト氏取材により紹介されるので、お楽しみに! 12月2日(月)まで。ギャラリー情報はこちら。 |
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手わざ重ねる日々に幸あれ |
中央道を駆って松本にやってくる。ウチから二時間半ほど。
途中、雪化粧した富士山や、南アルプスや、八ヶ岳、北アルプスの峰々がまことに美しい。
今回の目的は、木工作家の三谷龍二さん、およびギャルリ灰月(かいげつ)の訪問である。
三谷さんとのランデブーは、長野自動車道・松本インタを降りて五分ほど走った「軽食堂みたに」。
軽食堂!?
いやいや、これはまったくのご謙遜。
三谷龍二氏とは赤の他人の兄弟であるシェフ三谷憲雄さん(写真中央の人物)経営の、れっきとしたイタリア料理店である。
そしてこの店は、当スタジオや青山店とは、レミング姉妹でもあるのだ。
中村好文氏の設計により、六年ほど前に建てられた。
厨房を除いて、建物から設備調度に至るまで、全部中村氏のデザインによるもの。
(画面右側にある巨大な鉄製の薪ストーブ兼ピザ竈に注目)
昼のコースを頂いたんだけど、二種類出てきたスパゲティーのひとつは、ゆでた麺にオリーブオイルをまぶしただけであった。
先日イタリアに旅した憲雄氏の目の前で搾られた、フレッシュなオイルだそうだ。フィレンツェ郊外での話。
どんな味だったかは言うだけヤボだから、やめとこう。(プリマヴェッラの味!)
この「軽食堂」、交通至便な場所にあるので、松本や上高地などに行かれる際は、ぜひ立ち寄ってごらんになるといい。
松本市白坂1-2-11 TEL0263-35-3895
三谷龍二氏を訪ねたのは、一年後に青山店で予定されている「三谷龍二展」の打ち合わせのためだ。
そこで松本市の郊外にある工房を訪ねる。
市街を遙かに見下ろす標高700メートルの高台。
先日の雪がまだ残るその中に、伝説の「Mitani Hut (三谷庵)」がたたずんでいる。
(ひさしから下がるつららに注目)
建坪わずか八坪ばかりのこの庵が、三谷氏「ついのすみか」である。(最近は別宅もあるようだが)
設計は中村好文氏。
今を去る八年前、この庵を真木千秋が訪ねて、いたく感心し、そこから当スタジオと中村氏とのつきあいが始まるのである。
余談であるが、この三谷氏と中村氏との出会いも面白い。
二十年ほども前のこと、三谷氏は松本に自宅を建てようとしていた。(写真のMitani Hutとは別)
地元の設計家に基本設計を頼んだのだが、どうもピンと来ない。
そのころ三谷氏の好きな建築家は吉村順三氏であった。
そこでツテをたどって、東京の吉村事務所に出向いたのである。
自宅の設計図を見てもらいたかったのだ。
事務所を訪れた折、二階からトントントンと降りてきたのが、スタッフの中村という人だった。
まだ三十代の若き中村氏(今も若いか)に、三谷氏は設計図を見せながら、自分の希望をいろいろ語るのである。
すると中村氏は、ちょっとお考えとは違うようですね…とかのたまったみたい。
有名な吉村事務所に設計を頼もうなどとは三谷氏も当初ぜんぜん考えていなかったそうだが、結局中村氏が改めて設計を引き受けることになる。
当時中村氏はそうとうヒマだったみたいで、二年間かけて設計施工を行うのである。
そうしてできた三谷本宅は、中村氏最初期の仕事であった。
できあがった新居に足を踏み入れた三谷氏、「こんな家ならみんな暮らしたいだろうなあ」としみじみ思ったらしい。
この家が建築家の新人賞を受賞し、中村氏の住宅設計家としての第一歩が印されるのである。
さて、今度で五回目になる青山店での「三谷龍二展」。きたる2003年の十二月に予定されている。
今、三谷氏の興味は漆に向かっているらしい。
三年ほど前の展示会では黒塗りの漆が披露されたが、このたびは白漆が中心となるようだ。
クルミやケヤキ材の生地をまず黒塗りし、その上から白漆を塗り、最後に炭で削る。
するとそこに絵画のような表情が…
ま、それは見てのお楽しみかな。
そんなに数のできるものではないので、今から作りためていくとのこと。
三谷氏の漆工房にも案内された。
Mitani Hut から50mほど雪道をたどった、畑の中にある。
もとは納屋のような建物だったが、それがアトリエに改装されている。
中に入って、真木千秋いわく、「三谷さんて、環境づくりの天才!」
壁や天井には和紙がはられ、気持ちのいいスペースになっている。
窓からは松林越しに、雪を頂いた高ボッチ山や美ヶ原が望める。
「私もこんなところでのんびりモノづくりできたらなあ…」と千秋は思う。
二人の背後にある白い戸棚が、漆の乾燥室である。
写真左端の棚が、漆作品のショーケース。
ただ今、夜の6時38分。 明日18日から青山店で「冬の布」展が開かれる。 真木千秋+スタッフ三名はまだその準備に追われている。 とは言っても、さきほど近所の菓子匠「きくや」から和菓子を買ってきてお茶にしたり、のんびりやってるんだけど…。 (余談だが、骨董通りにあるこの老舗「きくや」。とっても感じのいい店なので、みなさんも青山みやげに買っていかれるといいかも。あ、当店にみやげで持参していただくのもいいですねー。明日、明後日と、私も在店しますし…) 二階では真木千秋がチクチクと針仕事。 スローの耳を縫っている。 起毛したナーシ布でつくったものだ。 こういう手仕事が好きなんだよね〜、あの人。 前もってやっときゃいいのに… 今晩もまた外食かなぁ… 「手に針刺しちゃったぁ」とか言いつつ、スタッフの大村恭子が下りてくる。 ま、気をつけてやっておくれ。 その背景でスポットライトを浴びているのが、「ぽんぽんマフラー」。 ほんとうは「ナーシ縮絨マフラー」と言う。 ナーシを縫いつなげ、ウールの糸を縫い込んで縮絨させたもの。 表情のあるマフラーだ。 リング状になっていて、フードにしてもいいし、あるいは、写真のように二重リングにして首に巻いたり ― 。 この展示会には、多治見のギャルリももぐさ・安藤明子さんとのコラボレーション作品も展示される。 先日ギャルリももぐさにて蚕衣無縫展が開かれたが、来年の11月ここ青山店にて安藤明子展が催される。 彼女との関りの中で生まれてきた布の表情、使われ方を皆さんにもぜひご覧いただきたい。 今日、展示作業の最中、安藤明子さんが来店し、新しい作品をいくつも持ってきてくれた。 写真はその中のひとつ、「腰巻」。 (上の濃茶のもの。下はタッサーシルク製フレアパンツ) この腰巻、今の寒さにぴったり。 チクチク作業中の真木千秋も、腰にひとつ巻いている。 |
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