いといと雑記帳 2003
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1月21日(火) セーター
インド行きを三日後に控えた昨日夕方、真木千秋から電話が入った。
なんでも、デリーは毎日夕方から翌朝まで霧がひどく、飛行機の発着に支障をきたしているとのこと。
だからインド航空(AI)ではなく、JALで来なさい…と。
AIはバンコク経由なので、デリー直行のJALに比べ、夕方、三時間ほど遅くデリーに到着するのである。
また、最近AIもだいぶ時間が正確になったとはいえ、なにぶんインドが始発だから、日本始発のJALに比べ、成田発は遅れる可能性も高い。
そこで今朝AIに電話してきいてみたところ、確かに霧のせいでデリー発着に影響が出ているとのこと。
もしデリーに着陸できなかった場合、最終目的地のムンバイまで飛んで、翌朝デリーに運んでくれるらしい。
私としてはそれでもぜんぜん構わないんだが、真木千秋は一日も早くオレの顔が見たいらしく、キャンセル料がかかってもかまわないから変更しろという。ま、愛されし者の辛さだ、しょーがねー、やるか。
エージェントに電話すると、まだ四席残っているとのこと。
かくして私のインド行きは、あえなくJALへと変更になるのであった。
ま、そのほうがマイレージもつくし、いいか。
すると、赤木アキト氏と同便となる。
旅は道連れだから、そのほうがいろいろ便利だ。
ところで数日前、真木千秋から私と赤木氏にメールが入った。
いわく、今年のデリーは例年になく寒く、朝は3℃くらいまで下がるので、セーターを持っておいでとのこと。
セーターな…
よし、持っていこう。
しかしながら、「セーターを持っておいで」と書きながら、きっと真木千秋の心底には、ある種、不安と諦念の入り混じった複雑な感情がよぎったに違いない ― 。
すなわち、連れだってデリーにやってくる男二人のうち、お洒落な赤木クンはきっと mon Sakata のセーターを着てくるであろう。ひるがえってあの無粋なぱるばは、例のみそづけセーターでやってくるに違いない…。
みそづけセーターというのは、私がここ二十数年、冬になると引っ張り出して着ている、青いチェックのセーターのことである。
ヒトの期待にはきっちり応えるのが性分であるから、私もその青いセーターを旅の伴侶にするつもりであった。
しかし何の運命のいたづらか、今日たまたま、東京・目白に出かける用事ができてしまったのである。
いつかぱるばを mon Sakata に連れて行って、セーターを一着あてがおう…
それが真木千秋・年来の悲願であった。
言うまでもないと思うが、 mon Sakata というのは、目白にある坂田敏子さんのニットの店だ。
当スタジオに縁のある男たちには、赤木氏を始め、けっこう愛用者が多い。
目白の駅から歩いて数分。
ついに私は、敏子さんの見立てで、 mon Sakata のセーターを一着、手にするのであった。
ちょっともったいなくもあるが、それを来て明後日、渡印である。
ふっふっふ、驚くであろうな。
期待を裏切って悪いとは思うが。
3月9日(日) 星一徹
今日の日曜。
風は少々強かったが、天気は素晴らしい。
その好天のもと、小金井市から真木貞治・雅子夫妻が訪れ、真木千秋と味噌づくり。
今年で三回目である。
年中行事となりつつあるこの手前味噌づくりのため、数日前から、有機栽培大豆を用意したり、麹を調達したり、甕を買ってきたり、母娘ともどもおおわらわである。
「高い味噌だなぁ…。ま、美味しいから良いか」とひとりごつ真木千秋。
まず、庭にカマドを据えて大豆を数時間煮るのである。私はその火の番。
火遊びは楽しいが、カマドひとつだけなので、かなり閑職。
それで、ときどき抜け出しては、隣の畑を耕すことにする。
これは隣家のものだが、先日、お願いして、貸してもらったのだ。
人間、土に親しむのは良いことである。
この畑、ウチの庭からフェンスを隔てた所にあるのだが、昨年までまったく放置されていて、葛が伸び放題。
この繁殖力旺盛な植物は、夏になるとフェンスを乗り越えウチの庭まで侵入してきて、かなり手を焼いたものだ。
そういう畑だから、借りたはいいものの、整地するまでがタイヘン。
ほとんど開墾という感じである。
葛の強靱な蔓が、縦横無尽に走っているのだ。
葛と言えば、その蔓の皮から葛布(かっぷ,くずふ)という布がつくられる。
昔は武士の裃(かみしも)用に重宝されたらしい。
今でも高級フスマ地としてよく使われる。
詳しくは大井川葛布のHP参照。
布に織られるくらいだから、丈夫な蔓なのだ。
最初は三叉の備中鍬(びっちゅうぐわ)を使っていたのだが、その刃が曲がってしまう。
そこでしょうがないから、物置からツルハシを持ち出して来る。
畑でツルハシを使うなんてこれが初めて。
「竹の家」では路地の補修によく使うけどね。
この道具を手にすると、決まって私の背後に響き渡る、あるテーマソングがある。
「思いこんだら試練の道を、往くが男のド根性…♪」
オレはどちらかというとアンチ巨人なんで、こんな歌はハナハダ迷惑なんである。
ところが、ツルを手にすると、ほとんど条件反射的にこの歌が全地に充満し、いつまでも止む気配がない。
そして、明子さんの弁当を腰に、ツルハシを振るう日雇人夫・星一徹の姿が…。
石をも砕く道具であるから、さしもの葛もおとなしく従うほかない。
ところで葛というと、もうひとつ有名なのが、葛粉である。
これは葛の根から採れる澱粉(でんぷん)だそうな。
今、店で売ってる「葛粉」はほとんどサツマイモ澱粉らしいが、本物は高価なのだ。「吉野葛」とかね。
「いったいあの蔓々しい植物からどうやって澱粉を採るのか」と、常々疑問に思っていたのだが、その謎が今日解けた。
葛には「イモ」があるのである。
何年も生きているような大葛の根を掘ると、根の一部が、細いサツマイモみたいに肥大しているのだ。
その「イモ」の皮をツルッとむくと、中から純白の身が出てくる。
なんとなくバナナみたいな風情で、どう見ても食えそうだ。
それで囓ってみると、ちょうど山芋のような食感。
シャキシャキ、ややヌルヌルしていて、無味無臭、噛んでいるとほのかな甘みがある。
これが葛粉のモトだったのだ。
葛原を開墾する時には、弁当は要らないかも。
けっこうイケルものである。
「葛根湯」というくらいだから、風邪にもいいかも!?
3月25日(火) ライオン・キング
私の実妹・田中惠子と、真木千秋の妹・真木香がウチに泊まり込んでいる。
惠子は「楓」での展示会のため、そして香は十日後に迫ったインド行きの準備だ。
千秋も含め女が三人もいると、まことカシマシくはあるが、快適な部分もある。
食卓に座っていると、まさに上げ膳据え膳で、何もしなくていい。
なんとなくライオンのファミリーを思い出した。
ライオンは一夫多妻なんだけど、女系家族である。
すなわち、姉妹の中に一匹のオスが迎え入れられるのだ。
で、オスは普段ゴロゴロしていて、何もしない。
姉妹が協力して狩をし、苦労の末に獲物を運んでくると、オスがのそのそと出てきて、最初にいちばんウマいところを食う。
腹がいっぱいになると、のそのそと獲物から離れ、またゴロゴロしはじめる。
うらやましい?
いや、いいことばかりじゃない。
自分より強いオスが現れると、戦いの末、その王座を逐われるのである。
王朝交代があると、いささか悲惨な事態が起こる。
新王が、旧王の仔たちを喰い殺すのだ。
仔等が死ぬと、王妃たちは再び発情し、新王との間に仔を設けるにいたる。
野蛮?
いや、オレたちも同じようなことをしている。
個人レベルじゃしょっぴかれるが、国家間では今もってやり放題。
あんまり進化してないようだ。
5月14日(水) 養沢動物誌
ここ養沢といえば、青山から一番近い山里のひとつ。
Maki 青山店から車で一時間少々(渋滞がなければ)で、緑濃き別世界に突入である。
ここには人間ばかりでなく、いろんな住人がいる。
昨日はホトトギスの初鳴きが聞こえた。
夜にはミゾゴイがホーホーと鳴いている。
(ミゾゴイとはサギの一種。この鳥をめぐる昨夜のお話はこちらを参照)
夏を間近にして、ウグイスやキビタキ、クロツグミやイカル、ガビチョウといった歌自慢たちがにぎやかだ。
(昨年本欄でお伝えしたホオジロのしゃく太郎は死んでしまったのだろうか、今年は姿を現さない)
鳥類ばかりではない。
獣たちもよく出没する。
その筆頭はニホンザルだ。
よく、「先進国で猿がいるのは日本だけだ」と言われるが、それは必ずしも正しくない。
日本が先進国であるかどうかは別として、正しくは、「先進国に猿はいない。ただし先進国日本の後進地域にはいる」。
たとえば当地、養沢だ。どのくらい後進地かというと、当地にはいまだ、週三回、北島三郎のド演歌をボリュームいっぱい流しながら行商に来る八百屋がいたりするのである。こればかりはご勘弁願いたいので、苦情を言って、ウチの前を通るときだけは他のテープに変えてもらった。
かくして週三回、午後三時頃になると、「月の砂漠」とか「椰子の実」とか「この道」といった「名歌」をボリュームいっぱい聞かされるのである。
で、最近、この猿たちが、私の仇敵になったのである。
いや別に近親憎悪というわけじゃない。
じつは、私が丹精して植え付けたネギを、ゴールデンウィーク中に、ほとんどみんな食い散らかしよったのである。
どうせ食うなら全部食ってくれりゃいいのに、根本の白くて柔らかいところを少しだけかじって、あとはポイっと放ってしまう。
食い物のウラミは深い。
皆の衆、ゴールデンウィーク中、もしどっかにネギ臭い猿たちがいたとしたら、それは私の畑を荒らした連中なのだ!
一方、今朝はかわいいケモノを目にした。
リスだ。
ウチの庭の一方は、養沢川に向かって切れ落ちる谷に面している。
その急峻な斜面がヒノキと杉の林になっており、動物たちの通り道なのだ。
今日はその森の道に、多分つがいであろうリスが二匹遊んでいた。
リスといえば、インドにはたくさんいる。
背中に白い筋のあるシマリスだ。
首都デリーでも、緑のある住宅地にはごく普通にいる。
人間をあまり恐れることなく、じっとしていれば、2〜3mの至近距離にやってくることもしばしばだ。
日本ではほとんど見かけることのない、この小動物。
私もここ養沢に住むようになって、初めて見た。
ただし非常に稀で、この七年間に、二〜三度ほどか。
それも遠くに見るだけだ。今日も最短で20mほどの距離だったか。
シマのない焦げ茶色のリスで、ワイルドな感じ。
シマリスより大きくて、毛もふさふさしているから、最初はイタチかなんかかと思った。
杉やヒノキじゃなくて、昔のような雑木林だったら、獣たちももっと住みやすいのだろうに。
(花粉症にならなくてすむし)