東京西多摩、秋川の清流を見下ろす崖上 |
明けましておめでとうございます。 今年もお正月を日本で過ごすことができました。 1月6日からまたインドで製作をしてまいります。 この冬も、いろいろと楽しみなことがあります。 まず、竹の家で座繰りした春繭糸と上州座繰りの春繭糸をあわせて、ストールをつくる予定です。 3月に予定している「春繭の布」展に出展いたします。 またこの「春繭の布」展に向け、沖縄西表島とインドで染めた生絹布やタッサーシルク薄地などを使い、重ねて楽しめる衣をつくります。 久しぶりに緑色のものがつくりたくなりました。 西表のフクギで黄色に染めた糸に、インド藍を重ねて、緑を出してみようと思います。 また、インドのザクロと藍を重ねると、深い緑が出ます。 その緑どうしをあわせてみてもいいかと思っています。 それから、いつもリクエストをいただいている、「とても小さい首もとのスカーフ」のようなもの。 いつもより少し鮮やかな色でつくってみたいとも思っています。もちろん先染めです。 そのほか、薄紅色の春らしい新作ストールとか、薄グレーのストール。 紋織りで帯地にも挑戦します。 カンテクロス(12cm幅の細幅布)も、またその時の気分でいろんな縞ができると思います。 「カンテストール」という30cm幅くらいのカジュアルなストールも予定中。 Maki 青山店で10月に「真南風の秋」を予定しているので、真南風用の先染めの新しい布も企画中です。 11月には「真木香展」を予定しているので、真木香もはりきっています。 な〜んて、よりどりみどりてんこもりですが、さて一寸先もわからぬインドでどうなりますことやら。 ぱるばがまた現地から実況中継すると申しております(たぶん19日から)ので、どうかお楽しみに。 真木千秋 |
日溜まりでは梅の花が満開の、ここ五日市。 うららかな日差しの中、インドから荷物が届いた。 「春繭」展の布々に交じって、「帯(おび)」が一ロール。 これは先月インド滞在の折に仕掛けたもの。 上写真がちょうど一月前の1月27日、真木千秋がインドの職人たちに説明しているところ。 織り上がったサンプル布を機から外し、腰に巻いて見せる。
耳というのは、織物の左右のフチのことである。 |
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春分の昨日、上州・群馬へ出かけた。
目的地は、前々からご縁のある、前橋の呉服店「にしお」。
群馬と言ったら、繭や生糸の生産量が全国一の養蚕県である。
だからいろいろ勉強になるのだ。
先年、この「にしお」ご主人・西尾仁志さんのおかげで、当スタジオに新しい糸が加わった。
今では布づくりに欠かせぬ、「赤城の節糸」である。
この西尾さん、日本から養蚕の伝統が消えていくのを憂えている人のひとりだ。
昨年は、私財を抛ち(!?)、いにしえの養蚕をちょっと復活させたのだそうな。
日本古来の蚕品種と言ったら、皇室でも飼われている「小石丸(こいしまる)」が有名。
小さくて「ヒョウタン型」の繭だ。
西尾さんの取り組んだのは、「又昔(またむかし)」という品種。
やはりヒョウタン型で、小石丸より更に小さく、野性的であるらしい。
まとまった量で養蚕するのは、百年ぶりくらいなのだと。
60kgほどの繭が採れて、そこからできた糸と布が写真上の通り。
こころなしか、普通の絹とは輝きが違うみたい…。
小石丸より更に「練り減り」が少ないという特性があるという。
ともあれ、最近の改良品種とは違って、かなり大変な作業であったらしい。
◇ ◇ ◇
更に、西尾さんの案内で、おとなり富士見村の糸繭商・石田明雄さんを訪ねる。
我々の「節糸」も、多くはこの石田さんを経由している。
「糸繭商」とは聞き慣れぬ業種だが、拙著155頁に出てくるチュニラル氏みたいな人だ。
すなわち、糸引きの元締め。
近隣の婦人たちに繭を供給し、糸を引いてもらうのだ。
現在三十人くらいのおばあちゃんたちが座繰りしているそうだ。
手引きの生糸を扱う糸繭商は、現今、かなり珍しいのではあるまいか。
石田さんのもとには、「節糸」を含め、いろんな「上州座繰り糸」がある。
江戸時代に開発された「上州座繰り機」で引かれた糸を、上州座繰り糸と呼ぶ。
写真中は石田氏の倉庫で座繰り糸を見る真木千秋。
この糸は「本糸(ほんし)」と呼ばれる節のない糸で、特に質の良い繭から引かれる。
タテ糸用の「特上」座繰り糸だ。
背景には繭の山。繭には十等級あるというが、これは真ん中くらい。
節糸はこのへんの繭から引かれるようだ。
真木千秋はこの日、「本糸」を始め数種類の上州座繰り糸を購入。
節のある細めの糸とか、四百粒くらいから一挙に引く「1200中」の極太糸とか。
何に使うかはまだ決まっていないが、いずれも創作意欲をかきたてる糸たちである。
いずれMaki の布に織り込まれることであろう。
千秋「ところで、天蚕の糸はないんですか」
石田「糸は今はないねえ」
千秋「こんど引いたときに、ちょっとわけてもらえませんか」
石田「う〜ん、でもあんまりやりたくないんだよねえ」
千秋「…」
石田「たとえば、フサコさんでもね、体調の良いときに頼むんだけど、ちょっと引くとズルがでて、またちょっと引くとズルが出るという感じ」
千秋「たいへんなんですね」
石田「ま、今度、S 農協行ったら繭を買ってくるか。まだ売れ残ってるみたいだから…」
日本の野蚕である天蚕糸は苦戦を強いられている模様である。
フサコさんというのは、先年雑誌「銀花」にも登場した、昔ながらのへっついで糸を引いているおばあちゃん。
(糸にはそれぞれ「フサコさん」とか「ナミさん」とか「アキコさん」とか grandma brand がついている!?)
「ズル」というのは糸にならない部分。
いろんな座繰り用語があるのである。
写真下は左から真木千秋、石田氏、西尾氏。
一時は後継者不足で前途に暗雲のたれこめた上州座繰りであるが、最近は関心を抱く若い人々も出てきた様子。
そこで石田氏もワークショップ兼ショールームの建設に乗り出すなど、先行きに多少の光明が…!
フサコさんの仕事ぶりも見学したかったが、お彼岸だからお休みであった。
この日はほかに、前橋市内の撚糸(ねんし)屋さんにもうかがう。
この道六十年というK撚糸のおじいちゃんが頑張っておられた。
こちらもまた興味深いところなので、いずれご紹介する機会もあろう。
というわけで、何度行っても勉強になる上毛野国(かみつけのくに)である。
〈ちなみに、現在の群馬・栃木あたりは、古代、「け」の国と呼ばれた。それが二つに分かれて、西が「上毛野国(かみつけのくに)」、東が「下毛野国(しもつけのくに)」)となり、それが上野(こうずけ)・下野(しもつけ)となり、そんな因果で、群馬は上州と呼ばれるようになったわけ〉
写真中で真木千秋の手にしている赤いストール。
これは98年の「黄繭格子」。
黄繭というのは、インド西部ベンガル地方で採れる、原生種に近い黄色くて小さな繭。
その黄繭を使い始めた当時の作で、黄繭糸とタッサー絹紡糸の二重織りだ。
写真のストールは茜などで先染めしたもので、ほかにブルー系もある。
大判ストールだが、和装にもあうということで人気があった。
その左手、紺色に丸まっているストール。
これは95年作の「デュピオン」。
デュピオンとは玉糸。すなわち、二匹以上の蚕が一緒になって作った繭(玉繭)から採った糸だ。
その前年にインド南部の絹都バンガロールで見つけた玉糸を、ヨコ糸に使っている。
当時の玉糸はかなり不揃いで、ために織物には力強い風格が出る。
その右手前にある水色の一作。
これは今春つくった「バーク交ぜ織り」。
赤城の節糸およびMakiの座繰り糸を昨年夏に藍の生葉で染め、それをタテ糸にする。
ヨコ糸にはナーシ糸などを使うが、リピートがなくて、横段の織ひとつひとつが全部違っている。
最後、いちばん右手前。長年あこがれていた緑。
これも今春の作で、名前はまだない。
緑という色は、草木では直接染められない色だ。
それで黄色と青の組み合わせで染めるのだが、これはフクギと藍。
フクギとは琉球王朝の黄色を染める貴重な染材で、Makiも西表島などで何年もかけて少しずつ糸を染めためてきた。
それに藍を染め重ね、緑を出す。
そして今回の展示会にあわせて、特別に織り上げる。
これはかなりスペシャル。
スペシャルついでに、もうひとつ。
今展の二日目、すなわち15日の土曜日には、福岡から沼田みよりさんをお招きする。
「暮らしの提案」沼田塾を主宰するみよりさんとは、かれこれ十年ほどのおつきあい。
ラッピング・コーディネーターなる肩書きも持つ沼田さんは、また人間のラッピングも得意。
別に決まった巻き方があるというわけではない。
Makiのストールを手にし、そして人を前にすると、天来のひらめきがあるのであろう。
無限のバリエーションの中から、その人に適った装いが、忽然と現れる。
土曜の午後二時に注目。
また、その時間に間に合わなくとも、みよりさんは土曜は一日中在廊のはず。
特に、Makiストールがタンスの肥やしとなっているアナタは、それをご持参になるといい。
みよりさんのマジックタッチにより、肥やし変じて綺羅の衣になること必定。
また初日、二日目と真木千秋も在廊。
それぞれのストールにまつわるよもやま話も披露してくれるはず。
ストール展二日目の本日、福岡から招いた沼田みよりさんによる、ストールのまとい方プレゼンテーションがある。 じつはこれ、初めての試みだったので、実際どうなるか私にも定かではなかった。 真木千秋いはく、自分は布をつくる人だが、沼田さんは布を育てる人。 これは目からウロコの一時間であった。 ストールというのは、ごくシンプルな長方形の布である。 それを首からサッと垂らすというのが一番基本的な使い方であるが、それだけではない。 その長方形の布には、じつにいろいろな可能性が秘められているのである。 たとえば、ストールの端と端を持ってギュッと結び合わせる。(写真上) 当スタジオのストールは遠慮なく結んでもらってかまわない。 そうすることによって、布に新しい形と機能性が生まれる。 写真の中で使っているのは、張りのある新しいストール。 使っていくうちにだんだん柔らかくなっていくので、そうした風合いの変化も楽しめる。 沼田さんいはく、布は使えば使うほど、言うことを聞くようになる。 だから皆さんも、飾っておかずに、どしどし使ってほしいものだ。 ストールは別に上半身専用ではない。 腰に巻くことで、新たな用途が生まれる。 結び合わせてもいいし、写真中のようにヒモを使ってもいい。 沼田さんは他に、輪ゴムやピン、ペンダントなど、小物を使った布の留め方も披露してくれる。 もともと形のないものだから、工夫次第でいかようにも生きてくるのだ。 今日の催しは、真木千秋をはじめ当スタジオスタッフにとっても大きな刺激になったようである。 みな食い入るように見ていた。 (これが一番の収穫であったか) 実際、ビデオで撮影しておけばと悔やまれる。 写真ではやはり、手の運びとか、布の動きがわからない。 そしてまた、沼田さんの含蓄ある語りも聞き物である。 DVDに編集して、ストール購入のお客さんに無料進呈したいと思った。 (今日見られなかった人は、ともあれ、当スタジオスタッフにいろいろ聞いていただきたい) まだ他にも、頭に巻くシリーズなどがあるようだが、今日は時間の都合で割愛。 また近いうちにやってもらいたいものである。 一枚のストールが何倍にも楽しめるわけだから、当スタジオの布愛好者にとっては必見であろう。 写真下は沼田さんにストールを「着つけ」てもらい、嬉しそうな真木千秋。 こうなるとほとんど衣である。 ストールづくりに新たな可能性を感じたMaki であった。 |
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