絲絲雑記帳

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竹林日誌 10前/09後/09前/08後/08前/07秋/07夏/07春/06秋/06夏/06春/05秋/05夏/05春/04秋/ 04夏/04春/03秋/03夏/03春/02後/02前/0
1/99-00/「建設篇」



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7月2日(月) インド藍の半発酵染

 関東地方はもう梅雨明けということで、その早さにちょっとビックリ。
 インド全土も雨季入りし、これも平年より二週間ほど早いという。この4〜5日は最高気温も30℃を下回っている。東京あきる野は梅雨明け以来連日35℃前後の最高気温だから、こちらインドよりも暑いわけだ。
 こうした「日印逆転現象」は、基本的に8月末まで続く。すなわちあと2ヶ月ほどは、インドの方が涼しいというわけ。みなさんインドに避暑にきませんか。(雲が切れて陽が差すと一気に気温上昇するのだが)

 さて、GangaMaki工房の畑では、インド藍が栽培されている。
 インド国内では南部で主に栽培されている作物で、ここ北部ではまだ十分には成長していない。 (写真1)
 マメ科の低木で、種は沖縄西表島および南インドから持ち込む。どちらかと言うと、沖縄産インド藍の方が当地の気候に合っている印象だ。
 低木であるから、上方の枝葉を刈り取って使用する。上手に世話をして、また伸びてきたら刈り取って使う。

 今回は、インド藍草による半発酵染を試みる。これは西表島紅露工房で習ったユニークな染色法だ。
 まず、枝葉を刈り取り、そのまま水に漬けて放置する。
 気温にもよるが、二晩ほど放置すると、発酵により葉から藍の色素が溶出する。表面がヌラヌラと青色を呈してくる。(写真2)

 その枝葉を手で絞って、発酵汁を集める。(写真3)。
 臭いもけっこう強烈だ。日本の藍建ての臭いとも違う、ナマ酸っぱいような腐臭である。

 その発酵汁でそのまま染める。加温も薬品も要らない。(写真4)
 石灰も使わないから、アルカリに弱いウールやパシミナを染めるには好適だ。(発酵液はおそらく弱酸性だと思われる)

 今回は主にヒマラヤウールを染める。(右下写真)
 好みの濃さになるまで重ね染めをする。
 染まった糸は、やがて腰巻や掛け布を彩ることになる。

 







 

7月6日(金) モリンガ

 最近、健康美容食品として流行っているらしい植物、モリンガ。
 私ぱるばはこの木を工房敷地に植えたくて仕方がなかった。
 敷地にはいろんな木が植えられたが、私の希望はこのモリンガだけ。ただ、なかなか実現せず、5年が経過してしまった。
 別に健康美容食品としてではない。単純に食品として好きなのである。

 モリンガという名前は最近知った。それ以前に、インドでは、ドラムスティックという英名で野菜として広く知れ渡っている。(たぶんモリンガと言っても誰もわからないのでは!?)
 南インド飯の、特にサンバル・スープに入っている。ドラムスティックと呼ばれるくらいで、まさしくドラムのスティックみたいに細長い。それをブツ切りにしてスープに入れるのだ。半分はスジスジで食えないのだが、そのスジスジの間に詰まっている果肉がまことに美味。おそらく日本では手に入らないだろう。南インドでは広く栽培されているらしい。
 しかし、ここ北インドでは、ほとんど知られていない。先年、大きな苗木屋を何軒か回ったのだが、樹木のプロですら名前を知らないのだ。
 ようやく昨年の今ごろ、ウチのスタッフが近在の苗木屋で見つけ、敷地に定植したらしい。が、いつの間にか消え去ってしまった。私も不在だったし、あまり気がなかったのだろう。
 先日その苗木屋に所用があって行ったところ、あったのだ、モリンガ。30cmほどの苗木だ。それで勇躍、四本ほど購入して、敷地に植える。そのうち1本は調子悪いのだが、3本はなんとか根付いたみたい。さて、そのうち自家産のドラムスティックが味わえるのか!? あ、美容健康に良いという葉っぱも、楽しみなことだ。


 

7月9日(月) パンツ mon-pé

 当スタジオに関わる人々には、インド好きが多い。
 たとえば、パタンナーの田村朋子さん。この二週間ほど自分の所用もあって西部グジャラート州を旅し、そして今日、朝一の便でデリーからここGanga工房に飛来する。
 旅の疲れもものかは、さっそく作業台の前に立ち、テーラーたちと仕事を始める。(上写真…ちょっと見ないうちに思い切り短髪になっている)

 何を作っているのかと聞くと、パンツ「mon-pé」だと言う。
 こんなふうにフランス風に書くと何かと思うが、要するに、もんぺ風パンツだ。
 本年早春から朋子さんが手懸けている、秋冬用の新作ボトムである。
 ウール腰巻などの下に気軽に履ける木綿パンツが欲しい…という要望から企画されたものだ。
 木綿といってもカディでは気軽過ぎるので、タッサーギッチャ糸を織り込んだ平織生地を使う。木綿の黒地にタッサーの褐色がよく映える。ギッチャ糸というのは太目の紡ぎ糸だ。
 木綿×タッサーギッチャ平織のパンツと言えば、かつてDogiというのがあった。これは私ぱるばの武道着から着想を得たものであったが、それ以来15年ぶりであろう。
 今回のmon-péも、直線断ちを活かした和風のパンツだ。布を無駄にせず、可動域の大きい、ゆったりカジュアル。
 ただ、もんぺそのままではなく、下写真に見るごとく、上部は少々つぼまっており、ちょっと洋風の味付けもある。それで mon-pé という表記が良いのではないか、と私が勝手に考えている次第。
 下写真、テーラーが切り取っている三角形の部分は股下になる。布を余すところなくたっぷり使うパンツだ。私も着用してみたが、男にもなかなか良い。(巻きスカート無しでも)


 

7月10日(火) インドで藍を植える

 GangaMaki工房の敷地は、もと雑穀畑+果樹園。
 今はマンゴーのシーズンであるから、朝昼晩&おやつと、マンゴー食べ放題。それも無農薬有機栽培だからひと味違う。(ま、面倒だから化成肥料や農薬を使わないという側面もある)。デセリという中型品種だ。

 そのマンゴー園の空き地を有効利用しようと、真木千秋&スタッフが土いじりをしている。
 インド藍の移植だ。
 今は雨期だから、移植にも都合が良い。

 下写真でもわかる通り、インド藍はマメ科の植物である。
 だから窒素肥料はあまり必要ない(はず)。

 通常、真木千秋は、畑仕事はほとんどしない。
 東京五日市の拙畑でも、収穫以外には畑に出ない。が、藍草だけは別のようだ。
 インドでも五日市でも、藍草の定植にはせっせと励む。

 一ヶ月ほど前にも、私と二人で五日市の拙畑で蓼藍の定植をした
 ただ、その直後に二人とも渡印してしまったので、藍草はそのままになっている。
 スタッフの報告によると、藍草は順調に生育しているようだ。
 ただし、周囲は草ぼうぼうの様子。
 さて、一週間後に帰国予定の真木千秋、はたして藍草周りの除草はするであろうか!?


 

7月12日(木) 大いなる訳あり

 きたる8月1日から、東京五日市の竹林shopにて恒例の「8月のお楽しみ」sale!が開催される。
 何がお楽しみかというと、普段あまり店に並ぶことのないモノが並ぶからだ。
 たとえば、「ワケあり品」とか。

 我々としてはあまり楽しくないのだが、今年もあるのだ、大いなるお楽しみが。
 それは、麻のモックレノ織り生地。

 実はちょっとした織りキズがあるのだ。それが訳ありの訳。
 しかしながらこうして水洗いして乾かすと、傍目には、ほとんど訳がわからなくなる。

 この麻100%の生地は、通常、布巾や枕に使われる。
 特にベッドファブリックにすると、夏場、極上の寝心地だ。
 長さにして計120メートル。幅は140cm弱。
 真木テキスタイル史上、最大の訳ありではあるまいか!?

 8月1日までには竹林shopに届くはずなので(インドだから100%は無い)、興味ある人は、その訳も含めて、要チェック!!

 竹林「8月のお楽しみ」8月1日〜8月10日 期間中無休
 カフェ、ランチもあり(8/6を除く)


 

7月13日(金) Ganga工房の漬物

 日本と同じで、インドにもいろんな漬物がある。大根、人参、ニンニク、生姜、カリフラワー等々。
 とりわけ印象的なのが、果物を使ったピクルスだ。マンゴー、レモン、アムラ、波羅蜜…
 「果物の漬物!?」と言うなかれ、これが食欲をそそるのだ。

 再々お伝えしているごとく、GangaMaki工房の敷地には、71本のマンゴー樹がある。もう5年以上、化成肥料も農薬も使っていないから、つまり有機栽培なわけだ。だから味が濃厚。
 工房メンバーのサンジュ(左上写真・右側人物)の妻サンギータは料理が大好き。漬物づくりもお手の物だ。

 そのサンギータ手製のピクルスが二種届く。素材はいずれも弊工房産のマンゴーと波羅蜜。(左下写真,左がマンゴー、右が波羅蜜)
 マンゴーは上写真のデセリ種。青いうちに収穫して漬物にする。その刺激的な酸味と、コリコリ香ばしい皮の風味が特徴だ。
 波羅蜜(はらみつ)は英名ジャックフルーツ。こちらも工房に21本ある。(右下写真)。南インドや東南アジアでは果物として利用されるが、ここ北インドでは未熟果を野菜として使う。それを漬物にすると、シコシコしたテクスチャーとクセのない旨味が良い。私などこれとチャパティがあれば昼飯になる。

 まあ手前味噌で恐縮だが、これら自家製漬物が実に美味なのだ。ひとつにはサンギータの腕前もあるのだが、やっぱり素材の力もあるのであろう。
 皆さんにもぜひご賞味いただこうと、このたび、はるばるインドから手持ちで運び、8月1日から開催の「竹林8月のお楽しみ」に出すことにした。サモサワラティモケのランチプレートに添えられる可能性もあるので、お楽しみに!!


 

7月16日(月) 雨季の闖入者

 雨季に入って三週間目の北インド。
 工房の内外も、日に日に緑が濃くなっていく。
 最高気温も30℃を下回る日があったりして、酷暑と伝えられる日本に比べると、だいぶしのぎやすい。

 雨季といっても、一日中降っているわけではない。
 だいたい1日1〜2度、1時間くらい熱帯性の豪雨(スコール)がある。
 陽が差すことも多く、染織スタジオとしては、そのときを狙って布を乾かす。
 左上写真は一昨日の朝。青空の覗く屋上で、ウールの腰巻が幾つもタテハ蝶のごとく安らっている。
 しかしながら、油断はできない。
 ややもすると、一天にわかにかき曇り、時には雷鳴とともに驟雨がやってくる。
 左下写真は、雨の中、中庭を横切ってアトリエに駆け込む西山茉希(上)とスープリヤ(下…拡大すると雨粒がよくわかる)。

 雨季にはまた珍客も現れる。
 一昨日の夜、夕食後みんなで屋上に上ると、晴れた南天低くサソリ座が架かっていた。それを見つつ、「私はサソリ座のB型だから…」と微妙な独白をするパタンナーの田村朋子。
 そして昨夜、同じくB型の真木千秋の部屋に、ホンモノの黒サソリが出現。あまり大きなものではなかったが、尻尾にはしっかり毒針がついている。いったいどこから入ってきたのだろう。漆喰の壁に張り付いている。(右下写真)
 なかなか見事な造形ではあるが、サソリはやっぱり星座だけにしてほしい。


 

7月23日(月) 清掃の精神

 インドの人気スポーツナンバーワンはクリケット。旧宗主国イギリス発祥の球技である。日本で言うと野球みたいなものだ。
 同じイギリス発祥のスポーツであるサッカーは、若者の間では人気上昇中だが、一般的にはまだまだクリケットに負ける。かつての日本のようなもので、代表チームもワールドカップには程遠い。ただ、先日のロシア大会はそれなりに視聴されたようだ。日本に関して言うと、応援団や代表チームが試合後に清掃する様子は、インド人にとっては驚きだったらしい。
 というのも、インドでは、清掃というのは社会的地位の低い人の仕事だからだ。わざわざ国の代表や富裕層が外国まで出かけてやるものではない。

 日本人にとって、掃除は大事な仕事である。
 みんな学校では掃除をするし、竹林スタジオでもまず一日の仕事始めは掃除だ。

 インドの場合、学校も職場も、掃除は専門の人がやる。
 しかしながら、ここGangaMaki工房は日本の会社である。だから、始業時と終業時にはみんなで掃除をするのだ。(上写真)
 おかげで工房はいつも清潔で気持ち良い。

 掃除の合図は、中庭にあるペルシャライラックの木に吊されている真鍮板を叩く。(下写真)
 私ぱるばも率先垂範で、中庭側の窓枠や桟(さん)を掃除。

 下写真のように朝9時は陽も差したが、午後からは雨模様。
 最高気温も30℃を下回り、気温的にはかなり快適な一日であった。日本の皆さんには申し訳ない。(やはり夏休みの避暑はインドに限る)


 

7月25日(水) ズリ出しの日々

 工房の水場では、またズリ出しの作業が始まった。
 ズリ出しとは、繭から糸を挽(ひ)く最も原始的な手法。
 座繰り機などは用いず、もろこし箒(ほうき)だけを道具として使う。
 時間がかかる分、蚕糸の自然なウェーブが糸に残る。ウェーブが残ると、布に織り込んだ時、風合いに深みが出るのだ。

 煮繭(しゃけん)はカマドで男のスタッフが行い、ズリ出し及びカセ上げは女のスタッフが三人一組で行う。通常は糸巻きなどをしている人々だが、一週間交替で糸繰り作業にあたる。(良い気分転換になるのではないか)

 左上写真、左側の二人がインド人スタッフで、繭からズリ出しをしている。
 右側人物は監督の西山茉希。彼女はスタジオ加入早々いきなりGangaMaki工房に送られ、もう一月以上も製作現場でインド人に混じって健気に働いている。

 右下写真がカセ上げの様子。手前に並んでいるのが、ズリ出した生糸。この生糸をカセ上げ機(奥)に巻いて、糸カセにする。
 左下写真がカセになった生糸。バックのストールは「薄ムガ格子」。
 水場責任者ディネッシュによると、みな一通り糸繰りを体験し、腕もだいぶ上達したとのこと。



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8月4日(土) ムガ蚕のズリ出し

 8月イベントたけなわの東京・竹林shop。暑気もまた、たけなわの様子。
 一方、こちらGangaMaki工房は、雨季たけなわ。昨日はとりわけ豪雨で最高気温も25.8℃。今日も似たようなものだ。雨ばかりで洗濯物も乾かないので、そぞろに日本の夏空が懐かしくなる。
 そんな中、昨日から、工房では初の試みが行われている。
 ムガ蚕のズリ出しだ。

 繭は一週間前、東北インドのメガラヤ州で手に入れたものだ。繭の数はちょうど千粒。重量は約5kgだ。ムガ蚕繭は重量ではなく、一個いくらで取り引きされる。千粒の繭から200gの生糸が採れるという。
 「インドの至宝」とも呼ばれるムガ蚕。当スタジオでは、今までアッサム州から生糸を仕入れていた。非常に高価なので、アクセント的にストールに織り込んだりする。
 ムガ蚕の本場アッサム州では、ムガ蚕はこのような簡単な木製座繰機によって手挽きされている。(最近は機械も普及してきた)
 ただ、こうした器具を使って挽くと、糸がピンと伸び、また平たくなる。
 そこで、より原始的な手法であるズリ出しによって挽くとどうなるか、というのが昨日からの実験である。
 昔はアッサムでもおそらくズリ出しは行われていただろうが、今そんな悠長なことをする人はまずあるまい。

 そもそも、当スタジオは、ムガ蚕に関しては、ズリ出しはおろか、座繰りさえしたことがない。
 すべては手探りだ。
 メガラヤ州の養蚕指導員に聞いてみると、「150個の繭をヒタヒタの水に漬け、苛性ソーダ2.5gを加え、15ー20分煮る」のだそうな。
 まずは繭外側のケバを取る。(写真1)。もともと繭層の薄いムガ蚕繭なのだが、そのケバをゴソッと除去すると、更に薄くなる。ちょっと心配。
 次は煮繭(しゃけん)だ。重曹でも良いというから、まず重曹で長目に煮てみる。しかしながら、ほとんど解舒(かいじょ…ときほぐれること)しない。
 写真2は、煮ながら解舒の具合を見る真木千秋。手にしているのは日本から持参の亀の子タワシ。これで繭をこすり、糸口を探るのである。

 そこで指示通り苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)に切り替える。が、強力な薬品だから、ちょっと油断すると、解舒どころか、真綿状になってしまう。
 嗚呼、貴重な繭が150個も無駄になってしまった…
 いや、嘆くのはまだ早い。真綿や屑繭からも糸は紡げるのだ。
 タッサーシルクのギッチャ糸づくりの要領で、繊維の束をつまみ出し、指や足や甕底で軽く撚りをかけて、糸にする。(写真3)。
 すると、今まで見たこともないような糸ができる。金色に輝き、しかも細かなウェーブのある紡ぎ糸だ。(写真右上)。「煮過ぎても輝きが落ちない」と真木千秋。やはりメガラヤ産ムガのパワーか。

 煮繭時間と火加減に気をつけながら、再挑戦する。
 するとなんとか挽けるようになる。
 とは言え、家蚕のズリ出し(7月25日の記事参照)のようにスムーズには行かない。長年の品種改良を経た家蚕に比べると、ムガ蚕は文字通り野蚕なのだ。
 10〜15粒から一本の生糸を挽く。
 やはり従来のムガ生糸とは趣がまったく違う。紡ぎ糸と同じく、細かなウェーブが全体的に入るのだ。(写真右下)。これは座繰機を使うと消えてしまう特質だ。そのウェーブは家蚕座繰糸より顕著で、「縮れ」と言ったほうがいいくらいだ。

 こうした特質を織物に活かすことはできるのだろうか。
 また、そもそも、織物に活かせるくらい、まとまった量のズリ出し糸が生産できるのか。

 写真4の真木千秋も西山茉希も、こうした作業にかかると時間を忘れてしまう。
 今日も西山はインド人スタッフとムガ蚕糸ズリ出しに励んでいるが、昨日より作業は捗る様子。
 はたして「最高のシルク」の「新しい糸」がMaki布を彩る日は来るのか!?


 8月8日(水) エスプレッソの事情

 毎年、「竹林8月のお楽しみ(sale!)」というのをやっている。
 最初は8月いっぱいの開催だったが、ここ3年ほどはちょっと趣向を変えた。
 期日を限定し、食事やカフェも交えて、夏休みらしく、より楽しいイベントに!
 今年は8月1日から10日までの10日間。お馴染みトコロカフェやサモサワラティモケに加え、人気ベーカリーのチクテも特別出演!!

 トコロカフェもいろいろ工夫している。
 初日から5日までは母屋でドリップコーヒー。
 7日から10日までは、竹林カフェに移動し、お得意のラテを提供。
 トコロファンのみなさんには二重の楽しみだ。
 
 ところが、今夏はちょっと気候が変である。
 初日から6日まで、六日間連続で酷暑日。
 そして今度は強い台風が襲来するという。
 ご来展のみなさんもタイヘンだ。
 JR五日市線は動くだろうか!?

 7日からのラテにはエスプレッソの豆を使う。KUSA.喫茶(千葉)焙煎によるトコロスペシャルブレンドだ。
 トコロもぐゎんばって、かかる豆をふんだんに用意する。
 ところが、今日あたりから台風なわけだ。
 せっかくふんだんに用意した豆の運命やいかに…!?
 そこでトコロから内々に打診がある — 8月11日もカフェを開いて良きや否や…。
 11日(土)も竹林shopはオープンしている。通常営業だ。トコロカフェが開店したとて、些かも苦しゅうない。たまたま御来店のお客さんもきっと喜ぶことだろう。
 12日(日)も竹林shopはオープンしてるから、ついでにトコロカフェ、12日もやってくれまいか、と聞くと、やぁそれまでエスプレッソ豆が残っているかなぁ…僕らも休みたいし…とかくさぐさのたまふが、お客さんおよびスタッフの福利厚生ためにと説き伏せ、11日、12日両日ともカフェ開店!! という次第に相成った。
 更についでと言ってはなんだが、通常営業だったはずの11日、12日両日もまた、sale延長!!ということになりました。
 よろしく!
 




 

8月15日(水) タデ藍の事情

 今日は日本の敗戦記念日。特別な日である。が、国民の祝日ではない。
 インドでは、本8月15日は、国民の祝日だ。独立記念日。従ってGangaMaki工房は休み。
 この両記念日は偶然の一致である。インドの独立は1947年8月15日。日本の敗戦とは丸二年の時間差がある。別に日本が負けたから独立したわけではない。(とは言え、何となく縁を感じる)

 73年前の敗戦日と同じような盛夏烈日の下、今朝も畑に出て草取りをする。
 今年の夏は、6月初旬から二ヶ月間、インドに滞在し、家を空けていた。それで畑も荒れ放題。夏野菜もいろいろ仕込んだのだが、雑草に埋没してほとんど見分けがつかない。

 そんな中で唯一、作物としての原型を留めているのが、タデ藍であった。
 真木千秋が一月ほど前に一時帰国した際、多少、草取りをした。それで比較的、整っているのであろう。(左写真)
 インド行きの前日に定植したものだ。

 私ぱるばも帰国後、朝の涼しいうちにと、毎日のように畑に出て草取りに励む。
 しかしながら、今日のように晴れていると、麦わら帽子の下から朝の陽光が容赦なく照りつけ、たちまち熱汗三斗。「高齢者(!?)、畑仕事中に熱中症死」という新聞見出しが実感される。草との熱闘も一時間くらいが限度だ。
 ともあれタデ藍に関しては、今のところ、雑草にも、夏の暑さにも負けず、丈夫に育っているようだから、近いうち、生葉でマリンブルーを染めてくれるであろう。


 

8月18日(土) インド藍の事情

 GangaMaki工房で栽培している藍は、当然のことながらインド藍である。
 その出自は、沖縄・西表島と、南インドの二品種だ。どういうわけか、西表原産の方が威勢が良い。芭蕉にしてもそうだが、西表とGangaMakiは気候風土の相性が良いらしい。
 ただ、そのインド藍、今年の春から夏にかけて、何らかの異変があり、著しく生育が悪かった。どうやら虫がついたらしい。西表島・紅露工房の石垣金星氏に相談したりして、なんとか対処する。
 それから約二ヶ月、雨季も半ばにさしかかって、ずいぶん成長したようだ。(左上写真)

 このインド藍の枝葉を用いて、紅露工房直伝の「半発酵染め」を行う。 7月2日の本欄でご紹介したものだ。
 一昨日もヒマラヤウールを半発酵で染める。(左下写真)。できるだけ澄んだ色合いになるよう、いろいろ工夫を重ねている。

 右写真は、インド藍で初めて試した生葉染め。シルクを染めたものだ。
 左下の半発酵染めと比べると、糸の素材は異なるものの、その色合いの違いがよくわかる。言うなればエメラルドブルー。この色は生葉染めでないと出ない。
 ただ、インド藍の場合は、やはり半発酵染めのほうが色がしっかり出る傾向にある。
 生葉染めについては、現状では、前回8月15日の欄でご紹介したタデ藍が適しているように思われる。


 

8月21日(火) 芭蕉の糸績み

 私(田中ぱるば)、昨朝五日市を出立し、今朝の2時にデリー到着。そのまま朝一のデラドン行き飛行機に乗ってGangaMaki工房にやってくる。デラドン空港から工房までは車で十分弱なので、その点は楽だ。

 今回は、ある重要な糸素材を日本から持参する。
 十年分の糸芭蕉の繊維だ。苧(ウー)と呼ばれる。芭蕉の繊維は内側に行くほど繊細で、細い糸になる。
 この苧は真木千秋が西表島・紅露工房に通い、石垣昭子さんのもとで苧剥ぎ(ウーハギ)に励み、竹林スタジオに備蓄してきたものだ。

 繊維の長さはだいたい1.5メートル。両手を広げたくらいだ。そうすると作業がしやすい。
 今日持参したその苧から、さっそく糸を績(う)む。(上写真)
 ちなみに、芭蕉の糸作りは、績むという。紡ぐのではない。苧麻や大麻も同様だ。(信州には麻績という地名も残っている。「おみ」と読む。「苧績(おう)み」が語源であろう)

 まず苧を小さく巻いて、水に浸けて戻し、それから好みの細さに裂いて糸にする。
 そして、その糸を同方向に繋いでいく。これが績むという作業だ。(「紡ぐ」というのは、木綿のような短繊維を束ね、撚って糸にすること)
 同方向というのは、糸の下の部分を、次の糸の上の部分に繋ぐのだ。そうすると繊維が同方向になり、ケバなどが起こりづらくなる。

 繋ぎ方は、結ぶのではなく、よじって繋ぐ。
 中写真がその様子。
 この写真中の糸は、かなり太目だ。「皮芭蕉」と言って、芭蕉の外側部分で、通常はあまり糸にしない。でもせっかくの芭蕉繊維であるし、何かに使えないか考えながらの作業だ。
 こうした手仕事は真木千秋も大好きで、一日中でもやってられる模様。

 今、北インドは雨季の真っ最中で、気温はそれほど高くはないが、ムッとする湿気がある。この湿度も苧績みには好適だ。繊維が折れづらい。

 下写真は、こちらGangaMaki工房で育てた芭蕉から取った糸。
 その芭蕉も紅露工房から移植したものだが、この2月に石垣夫妻がはるばるGangaMaki工房に来て、親しく糸取りを指導してくれた。
 写真下方に見える巻かれた糸は、ヨコ糸に使われるもの。
 GangaMaki工房の女性スタッフは、だいたいこの芭蕉糸績みを経験している。
 その中でも最も手の良い二人が、今日は真木千秋と一緒に糸作りにあたっている。(上写真・特に右側のタニヤが上手。まだ31歳だが、上の息子は13歳になるという)


 

8月24日(金) 神殿開扉

 おそらくGangaMaki工房にとっては、今がいちばんハードな時期かもしれない。
 気温はあまり高くない。今日も最高気温は27℃台。
 しかし、湿気がすごい。一日中、90%を下回ることがない。
 特にここ2〜3日は、日本の梅雨みたいで、やたらに雨が降り、部屋もじめじめ湿っぽい。洗濯物は乾かないし、竹材の脚からはキノコが生える。増水した川は行く手を阻み、ネットを始め電気系統の不具合も度々だ。

 雨季に限らず、北インドの夏期は、一般に客の往来は少ない。
 それゆえ弊工房でも、来客は基本的に断り、製作に励んでいる。
 弊工房の誇る石造神殿みたいなギャラリーも、ずっと扉を閉ざしっぱなしだ。
 だから、インドであるにもかかわらず、この神殿にエアコンは無い。(予算のせいもあるが)

 しかし今日は、久しぶりにその扉が開かれる。
 というのも、明日、幾たりかの客人があるからだ。
 朝からいそいそと布を運び込み、展示に励む真木千秋。
 上写真、奥に下がっている正方形のブルー&金色の布。これは通称「アートピース」。自分でアート作品などと言うのもおこがましいが、ともあれ、実用から離れた、ただの布。
 今年の春から作り始めたものだが、こうした採れたて最新作が見られるのも、この神殿ならではだ。この度のご神体!?
 その奥に鎮座しているのがセミダブルのベッド。ベッドカバー展示用だ。う〜ん、寝てみたい! (というTVコマーシャルが昔あったな)

 石柱の奥には、石皿の上に、様々な染織素材が並んでいる。(下写真)
 繭、糸、染材…。
 漆喰壁がちと湿っているのが、ハードな季節のゆえんである。
 


 

8月26日(日) インドのモール

 GangaMaki工房と竹林スタジオ。
 共通点がひとつある。
 どちらも、国立公園にほど近いということだ。
 片やラジャジ国立公園、片や秩父多摩甲斐国立公園。
 ということは、ワリと自然が豊か、換言すればかなりの田舎ということであろう。
 私ぱるばみたいな田舎モンには居心地良いが、たとえばラケッシュ夫婦みたいな街育ちにはチト淋しいものがあるらしい。
 だから彼らが日本に出張で来ると、竹林カフェでの仕事帰りには、毎日のように「日の出イオンモール」に出かけ、くつろぎのひとときを持つのである。竹林からは車で十分ほどなので便利だ。

 インドにも最近、ショッピング・モールなるものができ始めた。ただ、さすがに日本みたいな存在密度ではない。ここGangaMaki工房から一番近いのは、車で一時間ほどの州都デラドンにあるモールだ。
 最近できたモールが、上写真の「パシフィック・モール」。規模は「日の出イオン」の1/3くらい。各種ショップや飲食店、映画館や車の展示(今日はホンダとルノー)など、日本のモールと同じようのものがだいたい揃っている。
 今日は日曜で工房も休みなので、真木千秋の買い物につきあい、ついでに昼食も楽しむ。(本日はマサラ・ドーサ)

 自分がいったいどこに居るのか忘れてしまいそうな近代的商業施設であるが、行き帰りはやはりインドだ。
 工房から州都までは三十数km。途中、涸川を四つほど通過する。
 乾季だと文字通り涸れた川で、水のない川原を渡るのみだ。しかし、今は雨期のまっただ中。とりわけ雨量の多い時期だ。
 それで涸川も今は盛りと、しっかり川になっている。
 今日はインド製のSUVを駆って出かけたのだが、日本では川を渡るなんてことは滅多にないからね、さてどうなるか!?
 ところが何でもアリのインド人は、平気で渡って行くのだ。(下写真)。インドで一番多いクルマはスズキのアルトだが、そんな小型車でも平気で流れの中に入って行く。車どころか、二人乗りバイクまで渡って行く。
 郷に入りては何とやらで、インド人の顰みに倣い、行き帰りで都合八回川を渡渉する。かなり楽しいかも!?。クルマってけっこう水に強いんだということを認識。

 というわけで、日の出イオンみたいに毎日というわけにはいかないが、それでもたびたび出かけては、くつろいでいる様子である。




 

8月31日(金) 朝霧の工房

 今日は8月最終日。
 本来なれば日本の学童たちにとっては悲しみの日なのだろうが、ことしはたまたま金曜日。ちょっと得した気分か。「徳俵」と表現している新聞もあった。
 ただしインドの学童には関係ない。インドの夏休みは5〜6月だ。その時期こそ夏の名にふさわしい天候だからだ。(ついでに我が故郷・信州の学童にも関係ない。とっくに学校は始まっているからだ)

 今日は朝から霧が立ちこめている。
 こちら、北インド・ウッタラカンド州の雨季は、だいたい7〜9月の三ヶ月。
 今年は殊に雨の多い印象だ。
 気温も低めに推移し、8月一ヶ月で真夏日は10日間のみ。(月間最高気温は32.2℃)。東京青梅市の真夏日23日、月間最高38℃と著しい相違だ。
 とりわけここ10日間は毎日30℃にも達しない。気温的には快適だが、とにかく雨の多いのには閉口する。
 (さきほど、茅ヶ崎在住の大村恭子とビデオ通話したのだが、太陽ピカピカで汗だくであった。うらやましい!)

 工房の朝は8時のミーティングから始まる。
 居住棟に寝起きする真木千秋やラケッシュ始め五名が顔を合わせ、その日いちにちの打ち合わせだ。日本でも「ほうれんそう」と言われるが、(すなわち報告・連絡・相談)、特に混沌の大地インドでは、とりわけ重要な作業だ。チャイを飲みながら1時間ほど打合せをする。
 ま、ミーティングしたところで、そう簡単に混沌は変わらないんだが…。



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9月12日(水) 藍の生葉染め 2018

 東京・あきる野の小畑に藍を定植したのが6月5日
 一昨日、真木千秋と私ぱるば帰国。
 間髪を入れず、本日、藍の生葉染めを行う。
 ホントはもう少し早めにやりたかったのだが、インドに工房を抱える身にはなかなか難しかった。
 それでも今年はまだ花穂も出ず、いちおう間に合ったという感じであろう。

 時差もものかは、早めに起き出して、鎌で藍を刈る。(写真1)
 上の方に私ぱるばが写っている。タデ藍は茎から発根して横に広がるから、刈り取りもチト面倒だ。
 今年は種苗店から苗をもらい、二畝(うね)ばかりタデ藍を育てる。
 昨年はじつは藍栽培に失敗したこともあって、今日は二年ぶりの生葉染めということになる。

 藍は通常、発酵させて染める。
 生葉染めとは、発酵を経ず、その名の通り、生の葉で染める手法だ。
 だから、生葉のある季節、すなわち夏期のみの作業となる。

 刈り取った藍草を竹林スタジオに運ぶ。
 色素が含まれるのは、葉のみだ。
 まずは葉を一枚一枚ちぎる。
 今日はスタジオ総出の作業だ。(写真2)
 これはなかなか楽しい時間のようで、手とともに口も軽やかに動いている様子。

 葉を水と一緒にミキサーで粉砕し、その液体の中に糸を浸け込む。(写真3)
 そうして、空気に当てると酸化し、青く発色する。
 今日染めたのは、スタジオで挽いた春繭の糸、上州群馬・赤城の節糸、柞蚕糸、苧麻糸など。
 生葉染め特有のマリンブルーが美しい。(写真4)
 染まった糸はインドに持参し、来春向けのストールに織り込まれる予定だ。

 染まるのは糸ばかりではない。
 みんなの手も、ご覧の通り。(写真右下)
 同じ仕事をしていても、染まり方には個人差がある。写真中央、久保桜の手が一番濃色に染まっている。別にコスメも何もつけていないという。藍に染まりやすいDNAがあるのだろうか。今後の研究課題である。
 ともあれしばらくは皆、こうした蒼い手で日常生活を送ることになる。

 用務員たる私ぱるばは、刈り取り後は藍に手を染めず、ひたすら明後日に迫った真砂三千代衣展に向け、掃除や草刈りなどスタジオ環境整備の仕事に励むのであった。
 





 

9月30日(日) 信州大学で日本野蚕学会

 9月28日、29日の二日間、長野県上田市の信州大学繊維学部にて、第24回日本野蚕学会大会が開催される。
 上田と言えば私ぱるばの出身地。当地は江戸時代より蚕種の生産が盛んであり、その縁もあって現在では日本で唯一の「繊維学部」が存在している。(愚父もここのOB)。
 信州大は典型的なタコ足大学で、県内三箇所にキャンパスが分散している。上田にはこの繊維学部しかない。学生はちょっと淋しいかもしれないが、落ち着いて勉学に励めるであろう。

 その繊維学部の正門を入ると、葉っぱを抱えたイモ虫がWelcome!と出迎えてくれる。(写真右)。緑色をしているから、おそらく天蚕であろう。繊維学部のマスコットか、Silffyクンという名前らしい。

 学会では二日間に渉って様々な研究発表が行われる。
 座学が終わって二日目の午後は、大型バスに乗って、30分ほど離れた繊維学部付属の農場に案内される。
 郊外の高地にある広大な農園の一部に、天蚕飼育用のクヌギ園がある。雨の中、専門職員の説明に聴き入る参加者たち。(左上写真)
 作業しやすいよう矮小化したクヌギだが、樹齢は三十年だという。このクヌギで天蚕を育てる。毎春、2齢から3齢の幼虫を山づけする。
 「山づけ」とは初めて聞く言葉だが、幼虫を立木に放つことを意味する天蚕飼育独特の用語だ。インドでもタッサーシルクやムガ蚕の幼虫を立木に放つが、あれも「山づけ」なわけだ。

 天蚕の繭は美しい緑色を呈するが、この農場では7月上旬に繭を収穫し、7〜8月に交尾産卵させる。
 左中写真、網の中に繭が吊され、蛾が羽化する。
 羽化した蛾を雌雄一組で竹籠の中に入れ、交尾産卵させる。病原の検査があるので、集団の中で自由恋愛はダメらしい。人間が恣意的にカップリングするから、本人は気に染まぬこともあるのだろう。無精卵となる場合もある。
 雄の蛾は交尾すると2〜3日で死ぬ。雌の蛾もう少し長生きして産卵後に死ぬ。不思議なことに、卵は籠の外側に産み付けられる(左下写真)。農場長の梶浦教授によると、外側に産み付けられるのは産卵管の形状によるものだろうとのこと。
 左下写真を拡大するとわかるが、籠の底には、蛾ふたつが重なって息絶えている。下側が先に死んだ雄だ。これは籠の中だからこそ起こる現象だが、互いに気のあった相手ならこうした姿もそぞろに美しい。
 母蛾の遺骸はすべて微粒子病(野蚕の大敵)の検査を受けるので、この農場で生産される天蚕の卵は微粒子病フリーである。
 日本の野蚕生産量は微々たるものであるが、こうした活動は野蚕大国のインドなどできっと役立つことであろう。

 農場訪問の後は、かつて製糸場であった笠原工業も見学。敷地内に重要文化財が7棟もあり、在りし日の蚕都を彷彿とさせる。



 

10月8日(月) 駐印大使・来gan

 一昨日の6日、インド駐在の平松賢司日本大使夫妻が、ヒマラヤ山麓のGangaMaki工房ご来訪。三時間余にわたってスタジオをご案内申し上げる。
 在インド日本大使館は首都デリーにあって、工房のインド人スタッフも来日の際のビザ取得などでたびたびお世話になっている。(インド人の日本ビザ取得はなかなかタイヘンなのだ)

 先日真木千秋が日本大使館で大使夫人のパトリシアさんにお目にかかったご縁で、今回のご来訪となった。パトリシアさんは織物がお好きなようだ。

 実は、先週末、ここウッタラカンド州の州都デラドンで、「ウッタラカンド投資家サミット」という催しが二日間にわたって行われた。内外から同州に投資を呼び込もうという趣旨で、インドのモディ首相とともに平松大使も招待されたのだ。同州と日本の間には何か特別な縁があるらしい。皆さんの中にも同州の弊工房に投資したい人がいたら是非どうぞ!!

 左上写真左から、染師ディネッシュ、平松大使、真木千秋、パトリシア夫人、ラケッシュ、スリスティ、スープリア。皆元気にやっているようである。(私ぱるばは今日本)。後でスリスティが、地元テレビニュースの中で、モディ首相と並んで民俗音楽を鑑賞する大使夫人の首許に弊スタジオの布を見つけて大喜び。
 大使閣下にも弊工房の活動をご理解頂けた模様。お忙しい公務の間を縫ってご来訪いただき多謝!




 

10月11日(木) ナイト・ジャスミン

 今、GangaMaki工房は夜毎、花の香りがたちこめている。
 ハーシュリンガ、インド夜香木だ。英語ではNight Jasminという。

 その名のごとく、夜、香る木だ。
 夕暮れになると花開き、強い芳香を放ち、日の出とともに花を落とす。
 サクラソウにも似た小さな合弁花で、花全体がポトリと落ちる。
 白色で、真ん中だけオレンジ色。香といい、可憐な姿形といい、じつに印象的な花だ。クリシュナ神のお気に入りだという。

 この夜香木、インドではパリジャットとも呼ばれ、お香の材料になる。
 色香だけではない。様々な薬効成分があり、アーユルヴェーダ(印方)の薬としても珍重されている。
 それゆえインドでは伝統的に、この花の時期になると、夕方、木下に古いサリーを広げ、翌朝、落花を集める。

 GangaMaki工房にも、今、48本の夜香木がある。3〜4年前に植えたものだ。
 それが去年あたりから咲き始め、今年はほとんどの木が花をつける。

 当スタジオにとって、夜香木の花は大事な染料だ。
 それで伝統に習い、今年からは、樹下に布を敷きつめる。そうすると収集も楽だ。(写真右)
 だいたい毎日たたみ一畳ぶんくらい集まる。乾燥させると両手にいっぱいくらい。

 右写真、上が本日の収穫。
 その下が昨日の花を一日乾かしたもの。
 一番下が一昨日の花。
 花期は雨季明けの頃からだいたい1ヶ月ほどだ。
 48本もあれば、弊スタジオ一年分の夜香木染料はまかなえる。

 明日は夜香木染めの模様をお伝えしよう。
 
 




 

10月13日(土) 夜香木で染める

 一昨日ご紹介したGangaMaki工房の夜香木。
 花は毎夜咲くから、毎朝落花を採集する。
 もちろん今朝も。
 もう雨季はすっかり明け、毎日晴天だから、採集するとすぐに天日で干す。
 秋とは言えさすがインドだから、陽差しは強い。今日も最高気温は30℃。それで夜香木の花もよく乾く。
 乾燥させておくと一年中いつでも染められる。透明感のあるレモンイエローだ。
 御用済みの落花だから、植物体も痛めないし、お互い、かなり理想的な染材であろう。
 乾燥前の生の花でも染められる。色は更に透明感があり、黄緑がかったイエローだ。

 左写真は一昨日の染色の様子。
 染材は二日前に採集した夜香木の花を使う。
 上写真は煮出したところ。
 まだフレッシュな花だから、染液には夜香木(パリジャット)の香が漂う。
 白いパシミナ糸を染める。(下写真)
 乾かすと透明感のあるイエローになる。
 
 黄色に藍を重ね染めすると、緑色になる。
 夜香木のレモンイエローに藍を重ねると、透明感のある緑になる。
 真木千秋はこの緑も好きなので、この染料は黄色と緑の両方に使われる。貴重な素材なのだ。
 色ばかりでなく、薬効も染まり付くか!? (インド夜香木には抗菌・抗酸化・抗アレルギー作用があるという)

 この夜香木染めのパシミナ糸を使って、これから冬用のショールが織られる。
 もしかしたらその最初の1枚が、11月2日から竹林スタジオで始まる「秋の彩り」展に間に合うかもしれない。請うご期待!
 
 




 

10月20日(土) 知られざる東北インド

 最近は日本でもよく見かけるインド映画。
 今年は冒険大活劇『バーフバリ』が日本でもちょっと社会現象になったようだ。(遺憾ながらまだ観ていないが)
 しかしそうじゃない地味なインド映画もある。

 たとえば、今、東京・東中野のミニシアターで上映中のドキュメンタリー映画『あまねき旋律(しらべ)』。
 その舞台となるのは、インドでも辺境中の辺境、東北部・ナガランド州だ。
 主要民族ナガ族の山村で営まれる稲作を中心に、その社会や暮らしを描いている。
 「旋律(しらべ)」というくらいで、その農作業は今も機械力を用いず、村人たちが歌や掛け声とともに共同で行う。その歌も伴奏楽器がいっさい無く、全編アカペラだ。そういえば日本でも昔はそうやって肉体労働をしのいだ、あるいは楽しんだわけだ。
 ナガ族は1950年代に分離独立を求めてインド軍と戦火も交えたという。人種的にもモンゴロイドで、インド文化とは何の繋がりも無い山岳少数民族だ。

「あまねき旋律」 ポレポレ東中野 〜11月9日

 私ぱるばが今年7月、染織関係で訪ねた東北部・メガラヤ州も、ナガランドほど辺境ではないが、同じような背景を持つ山岳地帯だ。
 主要民族であるカーシ族は、やはり稲作を中心とするモンゴロイド系少数民族で、そこはインドというより東南アジアであった。
 来月2日から一週間、竹林スタジオで開催の「秋の彩り」展にて、紙芝居「インド東北紀行」を演(や)るので、御用とお急ぎで無い人はぜひどうぞ! (左写真はメガラヤ山村の水田)




 

10月26日(金) 藍の花

 今、あきる野山中の小畑では藍の花が盛りだ。
 一月半ほど前の9月12日に刈り取って生葉染め
 その刈り取った株から脇芽が出て、そこに花を付けたのだ。(左写真)
 旺盛な生命力!

 藍草にもいろんな品種がある。花の色も白とか赤とかあるらしい。
 小畑の藍草は、薄ピンク。
 今までいろんなところから種をもらって育ててきたから、入り混じって中間色になったのかも。雑種だから生命力も強いのか!?

 当地の藍はタデ科の蓼藍である。
 同じタデ科のイヌタデ、いはゆるアカマンマも、今を盛りと咲いている。
 小畑にもこの通り。あちこちに繁茂している。(右写真)
 色こそ違え、花の形はそっくりだ。
 同科とは言え、イヌタデには藍の成分はないので、藍は染まらないはず。(試したことはないが)
 同じ畑で何年も共存してるので交雑!? ということもないようだ。
 このイヌタデは種蒔きしなくても、毎年繁茂する。
 さすがのMaki藍も、この雑草の生命力にはかなわない。




 

11月1日(木) 用務員な日々

 霜月朔日。
 今日も快晴の五日市・竹林。
 真木テキスタイルスタジオの*CYOである私ぱるばは、連日、その本務なる用務仕事に精を出している。
 明日から秋の彩り展(〜11/8)ということもあるが、とにかく今は、天気は良いし、空気は冷涼なので、用務仕事には最高の時期である。
 敷地は300坪ちょっと、男手は私ひとりなので、することはいくらでもある。

 たとえば、左写真で何をやっているかというと、shop天窓の覆いを外しているところ。
 皆さん、気づかないであろうが、shop二階には天窓が2つある。夏場は太陽直射が暑いからヨシズを掛けてある。しかしこれからは寒くなるし、外光も採り入れたいから、そのヨシズを外す。今日はその作業だ。梯子を掛けて屋根に上るのである。ついでに天窓のガラスも拭く。
 皆さんご来店に折には、ちょっと上に目を遣り、そういうところも見ていただくと良い。建築家・丹羽貴容子さん渾身のデザインである。

 青空を背景に、庭木のケヤキ(左方)と柿(右方)も秋の色を見せている。
 特に、敷地に6本あるケヤキは、これからちょっとヤバいのだ。落葉を容赦なく落とす。もう三割ほども落としただろうか。それでもかなりの量で、その掃除も用務員の重要な仕事である。

 *CYO = Chief Yomu Ojisan の略 


 11月9日(金) テルグ語!?

 インド映画『バーフバリ』を観る。
 前編と後編。立川の映画館でやっていた。
 インドで興行的に最大の成功を収めた作品だという。
 日本でも何かと話題になっていた活劇だ。
 
 インド映画といえば、HollywoodならぬBollywoodを連想する。ボンベイ(ムンバイ)で製作されたヒンディー語の映画だ。
 しかしバーフバリの製作は、Tollywoodだという。すなわち南インド、テルグ語の映画なのだ。
 インドではBollywoodに次ぐ映画産業なんだそうだ。

 テルグ語というと、日本ではあまり馴染みがない。
 しかし、インド国内では、ヒンディー語、ベンガル語に次いで大きな言語なのだ。その話者は七千万を超えるという。ヒンディー語など印欧語族とは異なるドラヴィダ語族の言語で、インド南部のアンドラ・プラデシュ州やテランガーナ州で使われている。
 ドラヴィダ系だから、日本語と近縁なのかも!? (国語学者・大野晋の説によると)

 このテルグ語地域には我々もいろいろお世話になっている。
 たとえば、夏の綿服に使われる薄手コットンのマンガルギリや「究極のカディ」ポンドルも、この地域の産品だ。
 また、新工房建設の設計助手として一年半ほど現場に滞在したスタジオムンバイのシュリジャヤ嬢も、テルグ語圏の生まれだ。このシュリジャヤに「バーフバリ観た?」と聞いたら、当然のことながら観たとの答え。じつは母親の従弟がその映画のプロデューサーなんだそうだ。そういう家系のお嬢だったのである。ただしシュリジャヤ本人は、家庭ではテルグ語を話すが、テルグの読み書きはできないのだという。英語で教育を受けているからだ。
 ともあれ、前近代の南インドを舞台にした長大な娯楽作品だが、お近くでやっていたら一見の価値はあるだろう。




 

11月13日(火) 東博のペイズリー

 ペイズリーと言えば、織物を飾るオバQか勾玉みたいな花模様。
 これはそもそも、カシミヤショールの模造品がスコットランドの町ペイズリーで織られたことに由来するという。

 上野にある東京国立博物館の東洋館には「アジアの染織」という部屋がある。この染織ルームに展示されているのは、その多くがインドの織物だ。それもほとんどがカシミールで織られたカシミヤのショール。
 そこで東博見学の折には、ちょっと東洋館に寄ってカシミアの勉強も良いだろう。

 それによると — 「カシミール(厳密に言うとラダックやチベット)原産のカシミア山羊から採れる柔毛(じゅうもう)。それを原料にして綴織や刺繍で細密な模様を表したカシミヤ・ショールは、16〜18世紀に盛んに作られた。もともとはインド・ムガール王朝の王侯貴族がまとう最高級の毛織物であったが、後年、特にヨーロッパで絶大な人気を誇った」そうだ。
 それで生産が需要に追いつかず、ペイズリーみたいな現象も起こってきたというわけ。
 もともとはカシミール地方で織られたものだ。それでヨーロッパではカシミヤと呼ばれる。
 写真左は18世紀カシミールの綴織(つづれおり)、「緋地ペイズリーメダイヨン模様のカシミヤ・ショール」(部分)。実物は縦横1.5mほどの見事な作だ。カシミヤに限らず、インドの織物にはこの花模様が良く現れる。

 なお、弊スタジオでは「パシミナ」と呼ぶ。この言葉はペルシア語起源で、より東方的な響きがある。ペイズリー模様が登場することは、おそらくあるまいが…。


 11月14日(水) 「ガンジスに還る」

 現在上映中のインド映画。
 北インド、ヒンディー語の作品だ。
 父子を中心とする物語で、死期を悟った父親と、その息子が登場する。

 ヒンディー語の原題は Mukti Bhavan (英語では Salvation Hotel)、邦訳すると「解脱の館」。
 死を待つ人々の生活施設だ。
 ガンジス河畔の聖都バラナシには、こうした施設が幾つもある。バラナシで死ぬと解脱解放されるという信仰があるからだ。
 こうした施設には15日しか滞在できない。
 映画に出てくる父親も、自分は15日以内に死ぬという心積もりでそこに入所し、息子も子としての義務からそれに随伴して施設で父親の世話をする。
 動物は自分の死期を悟ると言われるし、人間もそれは同様だと我が師Oshoは言うが、現在社会ではどうだろうか。思い通りに15日以内で死ねるとも限るまい。
 家庭や仕事を抱え、携帯電話をポケットに、「解脱の館」で父親の世話をする息子も大変だ。

 それで思い出したのは、先日読んだ小堀鴎一郎著「死を生きた人々」(みすず書房)。在宅医療を施している医学博士の著書だ。
 それによれば、現代日本では、こうした「解脱の館」など存在しえないであろう。死に瀕した人間を放置したということで警察に踏み込まれる。
 今の日本では、死はあらゆる手を尽くして遅延さるべきものだ。それで病院に収容され、ありとあらゆるチューブに繋がれ、ひたすら生きさせられる。死は敗北なのだ。しかし、いかに抵抗したところで、人は必ず死ぬ。すなわち敗北は必定だ。
 一方、伝統的インドでは、死は解脱だ。すなわち解放は必定なのだ。そっちの方が良くね!?




 

11月17日(土) ももぐさのMaki布サロン!

 夜の多治見、ギャルリももぐさ。
 衣作家(ころもさっか)安藤明子さんと真木千秋が衣談義。
 手にしているのは、安藤明子さんのサロン(腰巻)だ。
 ギャルリももぐさでは現在、蚕衣無縫展が開かれている。弊スタジオの布衣と「Makiももぐさコラボ作品」をご紹介する同展も、もう11回目だ。奇しくも今年はももぐさ20周年でもある。(来年は竹林20周年!)

 今回のコラボ作品が、このサロン。
 Maki布を使って、安藤明子さんが作っている。
 床の間に掛けてあるサロンは、赤いチェックの布を使っている。この布は今回の展示会用に新しく織ったものだ。ヒントになったのは、デリー工房のタテ糸職人が腰に巻いていたルンギ。青いチェックの木綿布であった。それを今回、ウールとナーシ絹で、色も赤に改めて織成し、安藤明子さんに納品する。それがこのほど仕立て上がった。
 そのほか様々なMaki布、そして驚くべきは2003年青山店にて開催の新井淳一展にて明子さん入手の新井布を使ったものなど、数十点のサロンが並ぶ。
 初日は明子さんや真木千秋、福岡から駆けつけた沼田みよりさんはもちろん、安藤雅信氏や私ぱるばもももぐさサロンで登場したのであった。真木千秋は同日、自分用に赤チェックサロンをゲット! 今までのももぐさサロンとはちょっと違う新鮮な表情である。蚕衣無縫XI 〜12/2。


 

11月20日(月) ブリュッセルのマニエラ

 一時帰国中の真木千秋。
 老父の介護など忙しいスケジュールの合間をぬって、夜なべに手仕事。
 ベルギーのブリュッセルにあるギャラリー「マニエラ」に出品する作品の製作だ。
 
 このマニエラは、建築家ビジョイ・ジェインと関係が深く、合作の書籍も当HPでご紹介している。昨年はスタジオムンバイの展示会も開かれ、その作品の中には弊スタジオの布も使われていた。またオーナー夫妻はGangaMaki工房にも来訪している。

 このたび「those little things」と題した展示会が開かれる。(ま、訳さなくてもわかるよね)
 32人の建築家・アーティスト・デザイナーの手になる小品を集めた展示会だ。その32人の中には、ビジョイとともに真木千秋も入っている。(それ以外の面々は下掲の案内を参照)

 そのために何日も夜なべして作ったのが、左写真の二点。ハギレを使ったスパイラルな敷物だ。径20cmほどで絹100%。こうした作品が後々のGanga工房製品のヒントにもなってくる。

 このlttle thingsには、作品のみならず、自分の身辺に存在するお気に入りの一品も展示することになっている。
 真木千秋の一品はコレ(右写真)。中国で手に入れた木製の底杼(そこひ)だ。麻類を織るのに重宝する。ちなみにビジョイは金属製の鏡を出品するらしい。

 今月29日から展示会スタートなので、昨日大急ぎで出荷していた。

 このthose little things展は、下掲のように来年1月12日までやっている。
 ブリュッセルを訪れる予定の人は是非どうぞ!



those little things 
designed and collected by
architects, artists, designers

 
Nov 30, 2018 – Jan 12, 2019
Opening Thursday, Nov 29
6  – 9 pm

Open from Wednesday to Saturday
2  – 6 pm

Open on Sundays, Dec 23 & 30
2  – 6 pm


6a architects
architecten de vylder vinck taillieu
Aglaia Konrad / Willem Oorebeek
Bernard Dubois for PIN-UP
Bijoy Jain / Studio Mumbai
Boy Vereecken
Brandlhuber+
Caroline Van Hoek
Chiaki Maki
Christoph Hefti
David Bielander
Francesca Torzo
Gregory Polony
Jonathan Muecke
Joris Kritis
Koenraad Dedobbeleer
MAIO
Martin Belou
Michaël Bussaer
Michaël Van den Abeele
MOS
Pezo von Ellrichshausen
Pierre Leguillon
Piovenefabi
Richard Venlet
Sam Chermayeff Office
SO - IL
Sophie Nys
Stéphane Barbier Bouvet
Studio Anne Holtrop
Thomas Lerooy
Thorben Gröbel


 
MANIERA
27 – 28, Place de la Justice
1000 Brussels
T + 32 (0)494 787 290

maniera.be
info@maniera.be

 
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11月24日(土) 藍の種

 晩秋の小畑。
 晴れ渡ったの下、タデ藍の採種を行う。
 九月下旬から花をつけ始め、今やっと種ができてきた。

 上写真が種をつけた藍草。
 まだピンクの花もついている。(花期が長い)
 花が咲いて1〜2ヶ月すると、その花の部分が茶色い殻になり、その中に種がひとつ入っている。
 植物はそれぞれいろんなカタチで種を作るが、これがタデ藍の流儀。
 インド藍はマメ科なので、やはり莢を作る。

 下写真は、その殻を揉みしだいて、中の種を出したところ。
 1〜2mmのゴマのような茶色い種が見える。
 これを保存しておいて、来春、また蒔くわけだ。
 藍の種は1年しかもたないから、毎年しっかり採種しないといけない。

 ところで上写真、画面の左上方、私の中指あたりに、枯葉が1枚見える。
 枯葉は通常「枯葉色」をしているものだが、この枯葉はちょっと変。
 やや青味がかっている。
 これがタデ藍の枯葉色なのだ。盛夏の葉っぱを枯らすと、もっと青くなる。
 昔の人はきっとこれを見て、「この植物には青の成分がある」と気づいたのだろう。
 
 
 




 

11月27日(火) 分ければ資源

 今、竹林スタジオは落葉がピーク。
 風に吹かれてハラハラ舞い落ちる様は美しい。
 また、砂利の上に安らう落葉も風情がある。
 ただ、あまりたくさんだと風情を通り越す。適宜に処理しないといけない。
 それで、用務員が週一で掃除する。

 今年から登場した新兵器が、ブロワー。
 風で落葉を吹き飛ばす機器だ。
 広い庭のある所はみんな使っているらしい。
 コレの便利なところは、枯葉だけ吹き飛ばしてくれること。砂利やウッドチップはそのままだ。だから竹林スタジオの庭には便利である。
 ただ敷地が広いから骨折りだ。母屋の屋根から始めて、前庭、駐車場まできれいにするには、3時間ほどかかる。

 昨年まではスタッフ総出で、竹箒で掃いていた。情趣には富むが、いかんせん手間がかかる。(そうでなくても正月ハギレ市の準備やらで忙しいのに)
 そして、急いで掃くと、どうしても砂利を巻き込んでしまう。
 ケヤキの葉は資源になる。腐葉土の原料としてわざわざもらいに来る人もいるほどだ。土壌改良の効果がある。しかし小石を巻き込むと、それが腐葉土と一緒に畑に入ってしまい、改良効果も減殺だ。そして前庭に敷いた砂利もだんだん減ってしまう
 その点ブロワーを使うと、砂利と葉っぱがそれほど混じらなくなるのだ。
 上写真に見る通り、きれいに葉っぱだけを吹き飛ばす。(吹き飛ばすそばから降ってくるのであるが…)

 今年はこの葉っぱをshopの裏に積み上げ、腐葉土化させる。もうかなりの山になっている。その腐葉土で野菜を育てようという魂胆である。

 竹林敷地にはケヤキの大木が六本ほどあるが、落葉には個体差があるようだ。
 たとえば、下写真は、母屋正面の二本。庭先にいちばん葉っぱを落とす大木だ。
 右側は八割方葉を落としている。左側は逆に八割方残っている。
 ということは、今年の落葉はまだ道半ばということか。
 シーシュポスのごとき用務員仕事はまだまだ続く。




 

11月29日(木) 端裂市の端糸織

 今年もあと二日で12月。こちら武蔵五日市では暖房器具が活躍している。
 一方、インドのGangaMaki工房では、今日の最高気温が22℃、最低気温は17℃。要するにかなり快適。ほとんど毎日晴天。真木千秋がインドに滞在したがる訳もわかる。
 左写真がそんな真木千秋から今日送られて来た1枚。年の瀬恒例、残糸による織物だ。
 新年1月11日から始まるハギレ市に向けての、ウールの織物である。

 ウールというのは、絹に比べて、植物染料で染めづらい。
 それで一年間、暇を見てはせっせと糸染めをしておく。そして必要に応じて使うのだ。
 そして年末も押し迫ると、使い残しの糸を使って、ハギレ市用に織るのである。
 端裂(ハギレ)ならぬ端糸(ハイト)の織物だ。
 どんな布になるかは、何が残ったかという偶然性にも左右される。まさにハギレ市用の織物だ。

 右下の写真は今年2018年ハギレ市の案内状。掲載されているのが、昨年末の端糸織だ。

 今年は二枚織り上がった様子。
 そのうちの一枚が、左写真のカラフルな一枚。赤は茜、ピンクはラック、紫はログウッド、青は藍、他は原毛の生成。
 リピートがないので、どこを切っても違う布になる。これが約20メートル。よく見ると右端で真木千秋が嬉しそうな顔をしている。
 それから昨年の端糸織に似た渋めの布が30メートル。長いから仕上もタイヘンだ。
 生地の宿命で切り売りになるから、全体を見たい人は初日に来るほかあるまい。


 

12月4日(火) 座敷童女(ざしきわらし)

 師走の4日。
 初冬の短い日も暮れ、裸電球(LED)の下、母屋の座敷で黙々と手を動かす大村(上写真・左)と酒井(同右)。卓上には山なす布々。
 年明けに始まるハギレ市の準備だ。
 先月下旬からスタッフ総出で、暇があるとハギレに向かっている。
 もともとが布屋だから、それほど苦になる作業ではない。
 ときおり雑談を交えつつ、手はせっせと動いている。

 奥座敷にはティモケこと北村朋子(下写真)。
 サモサ(インドのスナック)づくりが本業だが、ラケッシュ不在の折には竹林カフェのキッチンに立ち、ランチを供したりもしている。
 この年末は十日間ほど、ハギレづくりの助っ人だ。ホント、猫ならぬティモの手も借りたい状況なのである。
 実際、ハギレの作業は手間がかかる。もともと、裁断の残り布だったりするから、形が整っていない。それを洗い、アイロンをかけ、キレイな形に切り、糸屑を除去し、更にハサミで仕上をして、組合せ、袋に入れる。
 カディなど薄手の布は、糸目も見づらいし、ヘナヘナしているので、とりわけ切り整えるのが難しい。裁ちバサミも重たいので、一日8時間も作業していると筋肉痛になる。
 それでもハギレ市にお見えになるお客さん方の熱心な様子を思い浮かべ、それを励みに手を動かす。
 来月11日から始まるハギレ市には、シェフのラケッシュも久ぶりに来日してキッチンに立つから、ティモケはその調理補助だ。その傍ら、サモサも提供する。

 年明けに向けて粛々と進むハギレ市の準備である。
 


 12月8日(土) 「パッドマン」

 昨日全国ロードショーのインド映画。
 パッドというのは生理用のナプキン。
 パッド開発に心血を注いだインド男の物語だ。
 日本などよりずっと性的抑圧の甚だしいインドで、無学な田舎男が生理用ナプキンを開発するっていうのは、ちょっとスキャンダラス。ほとんど変態扱いされる。それにもかかわらず、開明的な女子の協力もあったりして、最終的にはヒーローになるのだから痛快だ。
 ネタバレになるといけないからあまり書かないが、この映画の話は、今春、インドでラケッシュ君から聞いていた。ラケッシュというのは竹林カフェの元シェフで、現在GangaMaki工房の工房長だ。観てみたいなと思っていたところ、それが本邦公開となり、立川でもやっていたので、さっそく出かけてきたというわけ。
 主人公を演じる俳優アクシャイ・クマールは、さすがインドの人気スターだけあって好感度も高く、演技も達者なものだ。大俳優のアミタブ・バッチャンが本人役で登場するのもご愛敬。インド社会の様相が軽やかに描写され、筋もシンプルでわかりやすく、インド映画ならではのサービスもある。
 おススメの感動実話。


 12月10日(月) 猿蟹合戦

 猿蟹合戦という昔話がある。
 猿が悪者で、蟹に意地悪をする。そこで、臼だの栗だのが加勢して、最後には懲らしめられる。
 なんで猿が悪者なのか、皆さんにはわかるまい。
 拙宅の周辺によく出没するのである。屋根の上をのし歩いたり。
 のし歩くだけならまだしも、ここ2〜3日で拙畑の大根が5〜6本やられた。
 葉っぱの付け根をへし折り、上から4分の1だけ食ってしまう。
 おかげで拙畑には、無残にも食いかけの状態で地面から突き出している大根が何本もある。そんな大根、食う気になる?
 引っこ抜いて持ち去るヤツもいる。
 わけても今年は大根の出来が悪く、あまり大きくならない。(大きくないからこそ味が凝縮してウマいのかも!?)。出来が悪いにもかかわらず、猿に食われてしまうから、もう私どもの食う分がほとんどない。
 近所の人の目撃談だが、かつてスーパーの袋を持参して持ち去ろうとしたヤツもいたという。(ホントか!?)

 ウチには蟹も出没する。サワガニだ。
 たま〜にだが、家の中にも入ってくる。カワイいヤツだ。加勢したくなる気持ちもわかる。
 猿と合戦をしている様子はないが、もし沢あたりで出会ったら食われるのかも。

 というわけで、悪いヤツなのである。


 12月14日(金) Vanaでワークショップ

 インド、デラドンにあるVanaにて、来週水曜から五日間にわたって、GangaMakiのワークショップが開催される。
 Vanaというのは心身のヒーリングを提供する滞在型のリゾートだ。アーユルヴェーダやヨガ、瞑想、日本のレイキやタイのチネイザンなど、様々なメニューを用意している。その底流には、仏陀の教えも含め、インド古来の智慧を現代に甦らせたいという創始者Veer Singh氏の願いがある。
 同種の施設としてはかなりデラックスな類いであろう。私ぱるばも先日訪ねた折ちょっとビックリという次第であった。
 Vanaは頻繁に内外のアーティストを招いて滞在者向けのプログラムを組んでいる。近所のよしみもあり来週はGangaMaki真木千秋のワークショップ開催と相成る。弊スタジオの作品は既にVanaのshopでも扱われている。「伝統の技を現代に」という方向性に通じるものがあるのだろう。
 通常は滞在者のみのプログラムであるが、今回に限っては外来でも参加可能なので、インド在住者や来週たまたま北インドに行くような人は是非どうぞ! 

プログラムは下記の通り;


12/19 水曜 夕方 Ganga Maki Textile Studioについてのスライド上映とお話し会|VanaのDinner Party
12/20 木曜 午前  繭から手引きでの糸づくり 午後 小さな織機での機織り
12/21 金曜 午前 マリーゴールドで絹布染め 午後 織機での機織り
12/22 土曜 10:30- Vana出発 Ganga Maki Textile Studioツアー 3PMまで
12/23 日曜 午前 ヒマラヤウールでフェルティング

 いずれも真木千秋が指導予定。(初日お話会は私ぱるばも参加)
 お問い合わせは こちら まで。




 

12月21日(金) 夕陽のガンガ

 今年もあと十日の師走21日。
 ただ、インドにいると、「年の瀬」感が、あまりない。ひとつには、インド人にとって太陽暦の正月はそれほど意味がないからだ。そして、我々にとっては、あまり寒くないし。
 今日も最低気温は10℃で、最高が20℃。東京五日市の拙宅に比べると、それぞれ10℃ほど高い。つまり、かなり快適というわけ。そして毎日快晴だ。
 左写真は本日午後5時過ぎ。山の端に陽が没しようとしている。東京だとこの時刻はかなり暗いであろう。緯度が比較的低い(屋久島くらい)ことと、インドの西側にあるので日暮が遅いのだ。(その代わり朝日は遅い)
 今、時刻は5時半。工房の就業の鐘が鳴る。インドは労働者の権利がかなり強いし、終業時間に限ってはインド人は数字に強く動作も機敏だから、5分くらいでものの見事にみんな居なくなる。機音もさっと止み、たちまちにして静かな工房となるのである。ま、メリハリがあって良いかも。


 

12月23日(日) キワタの坐蒲

 本日は天皇誕生日。(弊スタジオでは女帝誕生日でもある)。もちろんここインドでは普通の日曜日。明日が振替休日なんてことはない。
 天皇誕生日といえば、私みたいな古い人間にとっては4月29日が定番。昔は天長節なんて言ったもんだ。最近ようやく12月23日に慣れたところなのに、もうおしまいか。来年からはいつになるのだろう?

 今朝の日経新聞に蒲団(ふとん)の由来について書かれていた。それによると、蒲というのはガマという水辺の植物で、その葉を円形に編み込んだのが蒲団。もともとはムシロみたいな敷物だったらしい。それが江戸時代に布と綿で作られ、夜具となり、蒲が消えて「布団」と書かれるようになったとのこと。
 この消えてしまった「蒲」の字が残っているのが、「坐蒲(ざふ)」。坐禅や瞑想に親しむ人にはお馴染みの、硬い座布団だ。もともとやはり、蒲の葉でつくられたムシロだったという。ただしWikipediaには「中にガマの穂綿が入っているので坐蒲」とある。どちらが正しいのか? おそらくは日経のムシロ説であろう。
 現在日本で入手できる坐蒲の多くは、側が木綿布で、中身がパンヤである。さすがに蒲は使っていない。

 それでハタと気がついた。
 パンヤと近縁の木綿(キワタ)が工房の裏山にある。このキワタの綿を使って、弊工房では今年からクッションなどを作っている。
 インドと言えば瞑想だ。現在展示会開催中のヒーリングリゾートVanaにも、立派な瞑想室が幾つもある。
 それゆえ、Maki布と裏山キワタを使ってGangaMaki坐蒲を作ったら、さぞや売れ……ないかもな。
 少なくとも、ガマの穂綿を詰め込むより座り心地は良いだろう。

 ともあれ、参考写真だけでも。
 上写真、裏山のキワタの樹。今年の春4月。よく見ると、樹に上って実を収穫している人がいる。(ウチの外スタッフ)
 下写真。昨日の工房。冬の陽を浴びながら、キワタの繊維をカーディング器でほぐす工房スタッフ。
 
 
 


 

12月24日(月) クリスマス・マフラー

 今日はクリスマスイブ。
 日本では近年、シティホテルの予約がこの日あたりは早々に埋まってしまうそうだ。(遠い目…)
 ヒンドゥー教国で志操堅固なインドでは、よもやそんなことはあるまい。
 と思っていたら、ラケッシュ君曰く、デリーなど都市ではそんなことがあるようだ。最近のインドはなかなか油断ならない。
 しかしながらここヒマラヤ山麓の田舎では、そうした浮ついた気配もなく、淡々と日常が進行していく。

 工房第一棟では、織師ママジが、相変わらず飄々と機(はた)に向かっている。(上写真)
 その機には、ピンク色のタテ糸が。
 ラックで染めたウールだ。ウールもヒマラヤとメリノの二種を引き揃えている。
 そしてヨコ糸もウールで、色は二種類。ラックの同色と、インド茜で染めた赤。
 「折り返し織り」という技法で、途中から色が変わる。
 「ふくふく」という名の、ガーゼのように薄い織物だ。
 打ち込み加減がなかなか難しい。

 織り上がったところで、仕上担当の出番。
 女性スタッフが二人。陽だまりに座って作業に勤しむ。(中写真)
 野性的なヒマラヤウールには、ときどき硬い毛が混じっていることがある。
 それを丹念に手で当たって取り除く。
 さっと首に巻くのにちょうど良い大きさだ。
 ヒマラヤウールが入っているので、柔らかい中にもコシがある。

 そうして仕上がったマフラーを水場で洗って、陽に干す。
 天気が良いからすぐに乾く。
 下写真は、他のできたてショールや腰巻とともに、物干し竿に並ぶマフラー。
 「折り返し織り」特有の鉤型がよくわかる。
 今日仕上がった五枚だ。
 これを携え、明日、真木千秋は日本への帰途に就く。
 新春11月からのハギレ市に並ぶ予定。
 ちょっとクリスマスには間に合わなかったが。
 




 

12月25日(火) 工房秋景

 年の瀬になって秋景というのもちょっと変だが、今、GangaMaki工房はそのような趣だ。
 東京・竹林工房では庭のケヤキもほとんど葉を落としているだろうが、こちらは木々の葉が色づいてきた。

 写真は昨日のティータイム。西に傾いた陽を浴びて、スタッフがチャイを啜っている。
 朝の最低気温が10℃前後になって、このところ敷地の木々がかなり黄色くなってきた。ジャカランダとかペルシア・ライラックという落葉広葉樹だ。風が吹くと、ちらほらと葉を散らす。秋の風情だ。インドにはインドの四季がある。
 ただ、東京五日市に比べて二月ほど遅いかなという感じ。
 それと、黄葉はあるが、紅葉は見かけない。
 木々の織りなす錦に関しては、いささか本邦に分があるかも。


 

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